撮影日記


2015年04月18日(土) 天気:晴のち曇

くるっと回ればこの世は広い
SPINNER 360°はおもしろそうだ

たぶん,広い視野を1枚の写真に収めたいという欲望は,人間にとって普遍のものではないかと思う。「広い視野を撮影した横長の写真」は,「パノラマ写真」とよばれる(「広辞苑」第四版)。そして,そのための「パノラマカメラ」もいろいろなものが発売されてきた。
 「横長の写真」をつくるもっともお手軽な方法は,すでに撮影された写真の天地を少しずつカットしてしまうことだ。

それをあらかじめおこなうものとして,フィルムの直前で天地を少しずつマスクして撮影できるようにしたカメラがある。36mm×24mmの「ライカ判」の天地を少しずつマスクして,36mm×13mmの「パノラマ判」で撮影するようにできる機能は「パノラマモード」などとよばれてきた(2014年6月24日の日記を参照)。この機能をカメラにもたせることは,1990年代後半から2000年頃にかけて流行していた(2014年7月4日の日記を参照)。
 このほか,135フィルムで65mm×24mmの大きさの写真を写すようにしたカメラや,120フィルムで6cm×17cmの大きさの写真を写すようにしたカメラなどがある。これらには,高性能の超広角レンズが用意されているなどの特徴もあるが,「パノラマモード」も「パノラマカメラ」も,レンズを通った像を横長のフィルムで受けるものであり,本質的には同じものである。これらはまとめて「レンズ固定式パノラマカメラ」ということができる。パノラマ写真だけでなく,通常のサイズの写真を撮ることができるようになっているものもあり,そういう面では敷居が低いものだと言える。

「パノラマカメラ」には,これらとはまったく異なって,レンズがくるりと回転することで広い視野を撮影するようになっているものがある。そのような「レンズ回転式パノラマカメラ」は,パノラマ写真しか撮ることができないあくまでも特殊なカメラであり,敷居が高いものとなる。
 Lomographyが発売するカメラには,変わったものが多い。その製品からは,おもしろそうなアイデアが優先で,品質や性能がいまひとつだという印象を受けることもあるが,それに見あって低価格ならまあ納得ができる。「SPINNER 360°」というパノラマカメラも,そんな製品の1つである。
 レンズ回転式パノラマカメラとしては,たとえば140°の範囲が撮影できる日本製の「WIDELUX」が有名である。中古カメラ店では,10万円からそれ以上の価格をつけられているのを見かける。120°の範囲が撮れるロシア(ソ連)製の「HORIZON」も,中古カメラ店でよく見かけるレンズ回転式パノラマカメラである。「WIDELUX」よりは安価なようだが,それでも3万円くらいの価格がつけられていることが多いようだ。それに対して,「SPINNER 360°」は,2010年ころに発売された当時の価格で1万5千円ほどだ。ぐぐっと安価である。

SPINNER 360°

「SPINNER 360°」は,その名称が示す通り,360°の範囲が撮影可能ということになっている。撮影する範囲は,高価な「WIDELUX」や「HORIZON」よりはるかに広い。使い方は簡単で,グリップを握ってそこから出ている紐をひっぱる。紐をひっぱることでゼンマイが巻かれ,その紐をはなせばゼンマイの力によってカメラがくるりと1回転し,フィルムに周囲360°の光景が写しこまれるというものだ。
 「SPINNER 360°」に,ピント調整はない。カメラには25mm F8レンズがつけられており,かなりの広角レンズとなる。その被写界深度に期待しての,固定焦点になっている。
 露出調整としては,絞りを2段階に切り替えることができる。取扱説明書によれば,ISO400のフィルムを使うことが推奨されており,そのときには絞りを「晴れ」または「曇り」に切り替えて使う。ISO100のフィルムを使うときは,晴天時であっても絞りを「曇り」にして使うように,指示がある。
 シャッター速度の調整は,ない。そもそも,「SPINNER 360°」には,シャッターというものがない。レンズの後ろは縦長のスリットになっており,カメラが回転するときにこのスリットが高速で移動することになる。フォーカルプレンシャッターと同じことであるが,このスリットは閉じることがない。当然ながらカメラが回転しないとき,その部分は露出過多になるわけだが,その部分が「コマとコマとの間」ということになる。このカメラの低価格の理由は,このあたりにありそうだ。

スリット部

「SPINNER 360°」には,そのチープで軽いボディにはおよそ不釣り合いな,立派なフードが付属している。このフードは金属製のようで,実に重いものだ。なぜ,このような立派なフードが用意されているのだろうか?

妙に立派なフード

その答えは,実際に「SPINNER 360°」を動かしてみればすぐわかる。
 フードのない状態で回転させると,はげしくブレる。ところがフードをつけて回転させると,ほとんどブレを感じない。重いフードをつけることで重量のバランスを取り,スムースな回転ができるようにしているのだ。重いフードは,重量のバランスを取るだけではなく,慣性力も与えているものと思われる。カメラは,回転すると同時にフィルムを巻き上げている。この負荷は,それなりの大きさになっているはずだ。ゼンマイで勢いをつけてくるっと回転させているのだが,あまり軽いカメラだと,フィルムを巻き上げる力に負けてすぐに止まってしまうだろう。だからといって「SPINNER 360°」には,360°以上回転しないようにするためのしくみもない。だいたい1周くらい回るけど,実際にどれだけ回転するかは,カメラの勢い次第のようだ。
 こういうあたり,カメラでありながら「精密機械」というイメージよりも「おもちゃ」というイメージが強くなってしまう,Lomographyらしい製品だと思う。

さて,カメラそのものの完成度の低さにはやや萎えるものの,おもしろそうなカメラであることは間違いない。これでどんな「パノラマ写真」が撮れるのだろうか。

Lomography SPINNER 360,ACROS 100
Lomography SPINNER 360,ACROS 100

360°に少し届かなかったようだが,かなり近いところまで撮れている。不完全であるとはいえ,これは単純におもしろい。いろいろな場所を,これで撮ってみたくなる。取扱説明書によれば,36枚撮りフィルムで8コマの360°写真が撮影できるとのことだが,フィルムを消費するスピードもかなりあがりそうだ。フィルムの需要減少を食い止めるのに,少しでも貢献できるようになるだろうか(大げさ)。
 これらのカットでは,自分が写りこまないようにカメラを頭上にもちあげていたのだが,自分の手が逃げ切れなかったようで,きっちりと手が写りこんでしまった。魚眼レンズやパノラマカメラなど広範囲を写すカメラを使うときには,意図しない余計なものが写りこまないように注意しなければならない。それにしても,引っぱっていた紐をはなした直後の手は,じつに間抜けな表情をしているものだ(笑)。

ところで,Lomographyが公開するページによれば(*1),Adobe Photoshopを使ってつぎのような円形の画像に加工する方法が示されている。

Lomography SPINNER 360,ACROS 100

余白の取り方や写真の向きなど,少し変えると雰囲気ががらっと変わる。こういった加工も,なかなかおもしろい。

Lomography SPINNER 360,ACROS 100

カメラそのものの完成度はいまひとつだが,プリントに仕上げるところまで総合的な遊び方を提案してくれるあたり,いかにもLomographyらしい製品だ。とくに,円形の画像への加工は,フィルムで撮ったパノラマ写真を一般的なサイズのプリントにまとめられるという意味で,とてもよい提案だと思う。

Lomography SPINNER 360,ACROS 100

*1 360°の世界 (Lomography)
http://www.lomography.jp/magazine/226051-el-mundo-en-360-jp


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