撮影日記


2023年07月25日(火) 天気:晴

暗箱アダプタ

カメラは,目の前に広がる光景における,限定された範囲のある瞬間を切り取って画像として記録するための装置である。切り取るための時間は瞬間といっても,0(ゼロ)ではない。その間,カメラは固定していることが望ましい。カメラを固定するためには,三脚という道具が使われることが一般的である。つまり,カメラという装置は,三脚に固定することができるようになっている。カメラの底面には,三脚に取りつけるためのネジ穴が設けられているものである。
 とはいえ,三脚に取りつけるためのネジ穴がないカメラも存在する。たとえば,「おもちゃのカメラ」とされるもののなかには,三脚に取りつけるためのネジ穴がないものがある(2005年9月15日の日記を参照)。また,医療記録用カメラとされるものにも,手持ちでフラッシュ撮影をする前提になっているせいか,三脚に取りつけるためのネジ穴がないものがある(2019年8月1日の日記を参照)。
 そのほかに,三脚に取りつけるためのネジ穴がないカメラの例としては,古いタイプの組立暗箱がある。そのような組立暗箱では,カメラの底面に直接,3本の脚を1つずつ取りつけて使う。この種の三脚は弱くて使いにくそうであるが,実際に使ってみると思ったよりも水平を調整しやすく,カメラをしっかりとささえてくれる(2023年3月31日の日記を参照)。古いカメラ雑誌の広告などを見ると,組立暗箱は「取枠」(乾板をセットするためのホルダ)と「三脚」(三ツ折タイプがよく見られる)がセットで販売されていたことがうかがえる。このタイプの三脚は,カメラを水平にすることはできるが,その状態からカメラを左右に振ったり,カメラを真下に向けることはできない。そこを補えるように,底部が「傾斜雲台」になっていて俯瞰撮影ができることをセールスポイントにした組立暗箱も存在した(2023年3月1日の日記を参照)。

1950年代に入ると,カメラ雑誌の広告に「エレベーター三脚」という言葉が見られるようになる。たとえば,国立国会図書館デジタルコレクションで「エレベーター三脚」を検索すると,「日本カメラ」1952年10月号で使われているものがいちばん古いようである。このころから,広く普及し宣伝されるようになったものと考えられる。ここでいう「エレベーター」とは,三脚の中央にパイプが通っていて,その高さを変えられるようになっている機構をさす。つまり,現代的な金属製三脚の特徴をあらわしているとい考えればよい。そのパイプがラックギアとピニオンギアになっていて,ハンドルを回して高さを微調整できるようになっているものもある。そしてその先端には,向きを自由に変えられる「雲台」がついている。
 ところが,底面に直接,3本の脚を取りつけるようになっている組立暗箱は,そのように便利なエレベーター三脚に取りつけて使うことができない。エレベーター三脚の雲台にはネジがあり,それをカメラの底面のネジ穴にねじ込めば,簡単にカメラを三脚に取り付けられるわけである。組立暗箱には,そのネジ穴がないのである。

「使う予定がないから」として,「暗箱アダプタ」をゆずっていただいた。

これを使うと,三脚に取りつけるためのネジ穴が底面にないタイプの組立暗箱を,エレベーター三脚に取り付けられるようになる。

国立国会図書館デジタルコレクションで「暗箱アダプタ」を検索すると,「アサヒカメラ」1957年1月号で使われているものがいちばん古いようである。日本カメラ「カメラ年鑑」1958年版では「暗箱アダプタ」の存在を確認できなかったが,「アサヒカメラ年鑑」1961年版では,スリックの広告に「暗箱アダプタ」が含まれていることが確認できる(「貴方の暗箱が簡単にエレベーターに取付きます。営業写真家用です」と宣伝されている)。日本カメラショー「カメラ総合カタログ」にスリックが載るのは1966年版からのようだが,そこのラインアップにはすでに「暗箱アダプタ」があり,1974年のvol.51まで確認できた(1975年のvol.54には掲載なし)。さらに日本カメラ「カメラ年鑑」を確認すると,1981年版(1980年12月発行)に「暗箱アダプタ」の記載があるが,翌年の1982年版からは記載が見つからなくなっている。スリックから「暗箱アダプタ」が発売されていたのは,1957年ころから1980年ころと判断できそうである。
 あらためて日本カメラ「カメラ年鑑」1958年版を眺めると,このころの国産の金属三脚で組立暗箱を載せられそうなものは,スリック「マスター」かスリック「スタジオプレス」くらいしかなかったように見える。大型のエレベーター三脚が入手しやすくなったからこそ,「暗箱アダプタ」が発売されたのだろうと考えられる。


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