撮影日記


2025年02月01日(土) 天気:雨のち夜には雪

謎の「清水式露出計」

写真をきれいに撮るためには,適切な露出を与えることが重要である。適切な露出を決めるときには,露出計を使うのが便利である。電気露出計が一般的になるより前には,基本的な露出の条件がまとめられた露出表を参照することが一般的だったようである。そして,それを携帯しやすく参照しやすいようにコンパクトにまとめられた,いろいろな計算尺型あるいは計算盤型(円盤型)の露出計が流通していた。たとえば1930年代には,浅沼商会から「森式キング露出計」,アルスから「佐和式露出計算尺」といった計算尺型のものが発売されていた。また,玄光社からは「関式サロン露出計」という計算盤型のものが発売されていた。とくに,「佐和式露出計算尺」と「関式サロン露出計」は1950年代にも改訂版が発売されるなど,この種の製品としては有名な存在である。

森式キング露出計(左),佐和式露出計算尺(右上),関式サロン露出計(右下)

この種の製品は,いつごろから出回っていたのだろうか。
 1939年に発行された「アマチュア・カメラ」(玄陽社)という雑誌に,「露出計の種類」(飯田順二)という記事がある(*1)。ここには,次のような製品名が見られる。
計算尺型@ キング露出計
A アルス露出計
B アグファ露出計
計算盤型C 清水式露出計
D サロン露出計
E べスターメーター
F ウェルカム露出計
 @は「森式キング露出計」として浅沼商会から発売されたもの,Dは「関式サロン露出計」として玄光社から発売されたものをさすのだろう。そしてAは,アルスから発売された「佐和式露出計算尺」のことをさすのだろうが,その製品の広告やそれを紹介する記事などで「アルス露出計」という表現が使われているのを,この記事以外で見たことはない。こういう勝手な省略というか名称の変更は検索の支障になるわけで,書き手の配慮が足りないと批判したい。「勝手な名称の変更」の例としては,二眼レフカメラや一眼レフカメラの「〇〇フレックス」というのを,勝手に「〇〇レフ」とよびかえるものがよく見られる。話し言葉ではそれで通じるのかもしれないし,販売店の広告などでは文字数を節約したいから「勝手な省略」「勝手は変更」をしたいのかもしれないが,通常の記事における書き言葉ではやめてほしいものである。さて,CやFは古くからあるもので有名らしく,Eはこの記事が書かれた当時の最近に発売されたものらしいが,Bも含めてこれらの名称をそのまま検索しても,それらしい製品を扱った記事はヒットしない。

このうち「清水式露出計」については,手がかりが見つかった。
 宮崎治助氏が著し,逸見製作所が発行した「計算尺詳解」の第9分冊に,「明治四十一年以降最近ニ至ル迄」の計算尺に関する実用新案公告の一覧表が掲載されている。なお,逸見製作所の宮崎治助氏は,いうまでもないが「佐和式露出計算尺」の構造を考案した人である。「計算尺詳解」の第9分冊のなかに,「清水式曝寫計」および「清水式曝寫計ノ改良」というものがあった。そこで「清水式曝寫計」という名称で検索したところ,該当する製品の広告が「写真新報」1922年7月号に掲載されていることが確認できた。発売元は「清水平安堂」となっており,「甲上製」が1円,「乙並製」が60銭で,浅沼商会が扱っていることになっている(*2)。広告では,「此曝寫計は最近に改良されたもので」と説明されていることから,1921年に出願され1922年に登録された「清水式曝寫計ノ改良(実明65064)」(*3)に該当する製品であると考えられる。また,雑誌の広告や記事は確認できていないが,1914年に出願,登録がされている「清水式曝寫計(実明32682)」(*4)に該当する改良前の初期型が存在することも予想できる。
 ともかく,浅沼商会が取り扱っていたのであれば,「清水式曝寫計」は少なくとも写真やカメラに関心のある人の間では,一定の知名度があったものと考えられる。「清水式曝寫計」という商品名が,勝手に「清水式露出計」とよびかえられていなければ,容易にこの情報にたどりつけたはずである。文章として記録し伝達するのであれば,公式の名称に準拠した表現をつらぬいていただきたいものだ。そうでなければ,後世の者が迷惑するのである。

「計算尺詳解」の第9分冊の表には,「コダツク露出計」の考案者が上田貞治郎氏であることも記載されている(*5)。この露出計は「コダツク」という名称であるが,イーストマンの製品を日本語化したようなものではなく,上田写真機店による独自の製品であると考えられる。上田写真機店が発行した「コダツク露出計」(*6)に,「斯所に新に考案せるコダック露出計は」「本器は専らコダツク使用者の為に」と書かれていることからも,独自に考案したものでイーストマンの製品を輸入したようなものではないことがうかがえる。

コダツク露出計

「計算尺詳解」の第9分冊の表にはこのほかに,小西亀次郎氏が考案者の「露出計」というものも記載されている(*7)。これに該当する製品が存在したのかどうか,雑誌の広告などは確認できていない。

*1 「アマチユア・カメラ」(玄陽社,1939年9月号) (国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/pid/1498449/1/34

*2 「写真新報」(写真新報社,1922年7月号) (国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/pid/1565264/1/78

*3 登録実用新案第六五〇六四號 清水式曝寫計ノ改良 (J-PlatPat 特許情報プラットフォーム)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-65064/25/ja

*4 登録実用新案第三二六八二號 清水式曝寫計 (J-PlatPat 特許情報プラットフォーム)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-32682/25/ja

*5 登録実用新案第五六八五〇號 「コダック」露出計 (J-PlatPat 特許情報プラットフォーム)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-56850/25/ja

*6 「コダツク露出計」(上田貞治郎,1919年) (国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/pid/961995/1/4

*7 登録実用新案第四四一六四號 露出計 (J-PlatPat 特許情報プラットフォーム)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-44164/25/ja


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