2024年11月22日(金) 天気:晴
関式サロン露出計IVA型と実用新案
関式サロン露出計は,計算盤式の露出計として,日本国内でよく知られたものの1つである。関実氏が考案したものとされ,さまざまな写真関係の書籍や雑誌を出版している玄光社から発売された。最初のモデルが発売されたのは1938年で(2022年4月17日の日記を参照),モデルチェンジを重ねながら1960年ころまで発売されてきた。その後,「セノガイド」にモデルチェンジされ,玄光社ではなく関実氏の関研究所から発売されるようになった。「セノガイド」はすくなくとも,1980年ころにはまだ,供給されていたようである。
関式サロン露出計は,すくなくとも10のモデルに分類できそうである。そのうち,1950年代前半に発売されていたIIA型,IIB型,IIIA型は,インターネットオークションなどでよく見かける。しかし,1950年代後半に発売されていたIVA型,IVB型は,なかなか見かけない。第二次世界大戦以前に発売されていた,初期型や新型のほうが,見かけることが多い。実物を比較したり,取扱説明書を参照したり,さらには関係する特許や実用新案などを参照(2022年6月26日の日記を参照)したり,雑誌広告などを参照したりすることで,それぞれのモデルごとに少しずつ工夫が重ねられていることはわかってくる。しかし,IVA型の特徴は,いまひとつはっきりつかめていなかった(2023年2月28日の日記を参照)。このたび,その取扱説明書を入手することができ,その内容を確認してくなかで,やはりモデルチェンジには実用新案の出願が関係しているようにうかがえることがわかった。
見かけることが少ない,関式サロン露出計IVA型の,取扱説明書を入手できた。入手できたのは箱と取扱説明書だけで,本体がないのは残念である。しかし,取扱説明書には重要な特徴が記載されているかもしれない。とくに,冒頭にある「十五大特色」のところには,関連する特許や実用新案に関する記述がある。まずはここについて,IIIA型のものと比較してみよう。
関式サロン露出計IIIA型の「十五大特色」のうち,特許や実用新案に関係する事項は,つぎの4つである。
- 4 高速シンクロフラッシュも簡単に(実用新案登録出願中)
- 7 時刻盤の設置(特許)
- 8 影の長さによっても露出が分る(実用新案登録)
- 14 合理的な機構とスマートな形態美(実用新案登録)
これに対して,関式サロン露出計IVA型では,つぎの4つになっている。
- 5 シンクロ・フラッシュ用露出計としても完璧です(実用新案登録出願中)
- 7 時刻盤の設置(特許)
- 8 影の長さによっても露出がわかります(実用新案登録)
- 14 機構が合理的で,スマートな形態美を有しております(実用新案登録)
全体に,表現がやわらかく言いかえられ整理されているようすがうかがえるものの,特許や実用新案に関係する事項には,変化は見られない。IIA型からIIIA型では,特許や実用新案の動きにともなってモデルチェンジがされていたように見える(2022年2月24日の日記を参照)のとは,ややようすが異なっている。
ところで,シンクロ撮影に関する実用新案の番号が4から5に変更されている。「十五大特色」の内容が見直され,整理されていることがうかがえる。ここに,IVA型としての特徴が隠されていないだろうか。IIIA型とIVA型の「十五大特色」の内容を並べてみると,つぎのようになる。
関式サロン露出計IIIA型とIVA型の「十五大特色」
| IIIA型 | IVA型 |
1 |
操作の簡便と迅速 |
昼でも夜でもタッタ片手一回の操作ですみます |
2 |
指示数値の正確 |
もっとも正確な露出が得られます |
3 |
昼でも夜でも |
あらゆる場合の露出がわかります |
4 |
高速シンクロフラッシュも簡単に(実用新案登録出願中) |
たいへんやさしくわかり易く出来ております |
5 |
天然色や赤外線撮影にも映画カメラにも |
シンクロ・フラッシュ用露出計としても完璧です(実用新案登録出願中) |
6 |
分類がすこぶる合理的 |
天然色や赤外線撮影にも映画カメラにも |
7 |
時刻盤の設置(特許) |
時刻盤の設置(特許) |
8 |
影の長さによっても露出が分る(実用新案登録) |
影の長さによっても露出がわかります(実用新案登録) |
9 |
南部地方でも北部地方でも,外地にも |
各地方にも外地にも応じた正確な露出が得られます |
10 |
フィルターをかけた場合も簡単明瞭 |
フィルターをかけた場合も簡単,各絞に対する露出全部も一目でわかります |
11 |
各絞に対する露出全部が一目瞭然 |
すべて標準数値を採用してあります |
12 |
初心者にも・高級者にも・営業家にも |
初心者にも高級者にも営業家にも |
13 |
永年の使用に堪える耐久性 |
堅牢で耐久性あり,永年の使用に耐えます |
14 |
合理的な機構とスマートな形態美(実用新案登録) |
機構が合理的で,スマートな形態美を有しております(実用新案登録) |
15 |
携帯至便と価格の低廉 |
携帯に便利で価格が低廉です |
これらの項目を,順に確認してみよう。
まず,項目1の「操作の簡便と迅速」と「昼でも夜でもタッタ片手一回の操作ですみます」について,表現が大幅に変更されているが,内容を読むとどちらも「従来の露出計は両手で3回以上の操作が必要」ということをアピールするものであり,ほかの内容も同じであることが確認できる。項目2の「指示数値の正確」と「もっとも正確な露出が得られます」についても,どちらも表現が大きく異なっているものの「発明者 関 実 先生の研究と実験」によるものであるなど,同じことをアピールしたものとなっている。同じように項目3の「昼でも夜でも」と「あらゆる場合の露出がわかります」も,アピールする内容は同じものである。これらの見出しだけを見ると,「昼でも夜でも」という文言の存在から,項目1と項目3の内容を整理し直したかのような印象を受けるわけだが,実際には内容は変わっていないことが読み取れる。
IIIA型の項目4「高速シンクロフラッシュも簡単に(実用新案登録出願中)」とIVA型の項目5「シンクロ・フラッシュ用露出計としても完璧です(実用新案登録出願中)」,IIIA型の項目5とIVA型の項目6「天然色や赤外線撮影にも映画カメラにも」が同じことをアピールしているのはすぐにわかる。IIIA型の項目6「分類がすこぶる合理的」とIVA型の項目4「たいへんやさしくわかり易く出来ております」はどちらもやや抽象的なことを述べているようであり,見出しだけでは同じことをアピールしているのかどうかがわかりにくい。しかしここでアピールしている内容は「多方面にわたる被写体や用途」に対応していることをアピールするものであり,やはり同じ内容なのである。
項目7〜10,項目12〜15は,表現が異なるものの,同じ内容をアピールしていることは,見出しだけでも判断できる。
関式サロン露出計IIIA型とIVA型の「十五大特色」
| IIIA型 | IVA型 |
1 |
操作の簡便と迅速 |
昼でも夜でもタッタ片手一回の操作ですみます |
2 |
指示数値の正確 |
もっとも正確な露出が得られます |
3 |
昼でも夜でも |
あらゆる場合の露出がわかります |
4 |
高速シンクロフラッシュも簡単に(実用新案登録出願中) |
たいへんやさしくわかり易く出来ております |
5 |
天然色や赤外線撮影にも映画カメラにも |
シンクロ・フラッシュ用露出計としても完璧です(実用新案登録出願中) |
6 |
分類がすこぶる合理的 |
天然色や赤外線撮影にも映画カメラにも |
7 |
時刻盤の設置(特許) |
時刻盤の設置(特許) |
8 |
影の長さによっても露出が分る(実用新案登録) |
影の長さによっても露出がわかります(実用新案登録) |
9 |
南部地方でも北部地方でも,外地にも |
各地方にも外地にも応じた正確な露出が得られます |
10 |
フィルターをかけた場合も簡単明瞭 |
フィルターをかけた場合も簡単,各絞に対する露出全部も一目でわかります |
11 |
各絞に対する露出全部が一目瞭然 |
すべて標準数値を採用してあります |
12 |
初心者にも・高級者にも・営業家にも |
初心者にも高級者にも営業家にも |
13 |
永年の使用に堪える耐久性 |
堅牢で耐久性あり,永年の使用に耐えます |
14 |
合理的な機構とスマートな形態美(実用新案登録) |
機構が合理的で,スマートな形態美を有しております(実用新案登録) |
15 |
携帯至便と価格の低廉 |
携帯に便利で価格が低廉です |
このように内容を比較し,同じことをアピールしている項目を消してみると,残るのは項目11だけとなる。この,残った項目こそがつまり,IVA型としてのアピールポイントになるのではないだろうか。まずは,ここでアピールしていることの内容を見てみよう。
| IIIA型 | IVA型 |
11 |
各絞に対する露出全部が一目瞭然
各絞に対する露出時間が一度に全部わかるため,被写体に応じて即座に,適当な絞とシャッターを自由に選択できる。絞を変えたために操作をやり直す必要がない。 |
すべて標準数値を採用してあります
昼間や人工光等の場合などすべて一般上の標準名称や標準数値を用い特殊名称や特殊数値を用いてありませんから普遍的で取扱いはきわめて簡便です。また新材料が続出してもすこしも不便を感じることなく永久に使用が可能です。 |
ここで使われている「標準名称」や「標準数値」というものがポイントになりそうである。そこで,取扱説明書にある「被写体詳細類別表」というものを比較してみた。詳細に比較すると,一部の被写体状況や係数が改訂されているところもあるが,被写体の名称にはとくに違いが見られない。この点は,露出の決定において重要な要素であるが,あらたな機能が付加されたというわけでもなく,わざわざIIIA型からIVA型にモデル名を変更するほどのものだろうかと疑問に思う。
取扱説明書の末尾に,「後記」という項目がある。ここに,IVA型への改訂にあたってのポイントが2つ示されていた。
1つは,「各種類別及び露出基準」を近代的な写真術にあうように見直した,というものである。これは「被写体詳細類別表」の改訂のことをさすものと思われる。もう1つは,「高速シンクロ撮影」における露出の決定方法を考案したというものである。ところで,高速シンクロ撮影への対応は,IIIA型の特徴でもある。IIIA型の項目4「高速シンクロフラッシュも簡単に(実用新案登録出願中)」とIVA型の項目5「シンクロ・フラッシュ用露出計としても完璧です(実用新案登録出願中)」は,同じことを示しているのではないのだろうか。
このことに関係のありそうな特許ならびに実用新案としては,つぎの2つがある。
実用新案出願公告 昭30-15647 写真用露出計算尺
公告 昭30.10.27
出願 昭28.10.30 実願 昭28-32519
これは,「閃光撮影の露出計算に必要な感光度,光源距離,閃光電球の種別…配記したものである」と説明されており,IIIA型で追加された閃光電球の閃光時間などの目盛のことをさすことになるようである。出願が1953年10月で公告が1955年10月なので,IIIA型が発売されたと考えられる1954年5月ころには「実用新案登録出願中」であることと整合している。
実用新案出願公告 昭33-1354 写真用露出計算尺
公告 昭33.2.6
出願 昭30.4.14 実願 昭30-15696
これは,閃光時間の目盛の位置が変更されており,より簡単に高速シンクロ撮影時の露出が求められるようになったとしており,取扱説明書でも確認ができる。出願が1955年4月で公告が1958年2月なので,IVA型が発売されたと考えられる1956年4月ころには「実用新案登録出願中」であることと整合している。
これらはどちらも「実用新案登録出願中」であるが,別々の出願内容だったということである。つまり,関式サロン露出計のモデルチェンジは,やはりあらたな特許や実用新案の出願と連動していると考えるのがよさそうである,ということになる。
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