撮影日記


2022年11月12日(土) 天気:晴れ

「樹齢1100年」を信じてよいのか?

広島市の北西方向にある安芸太田町筒賀(旧・筒賀村)には,広島県内でもっとも高いとされるイチョウの木「筒賀のイチョウ」がある。例年,11月10日ころには全体が黄葉し,11月20日ころまでに落葉して,黄色いじゅうたんを敷いたように周囲を埋めつくす。このころがもっとも見ごろであり,2011年にはじめて,この時期のライトアップがおこなわれた(2011年11月12日の日記を参照)。その後,ライトアップをしなかった年もあったが,ここ数年は定期的にライトアップがおこなわれているようである。今年もライトアップがおこなわれることが報じられており,たとえばこのイチョウを「樹齢1100年以上とされる高さ48メートルの大木」のように紹介している新聞記事もある(*1)。
 「筒賀のイチョウ」は,「筒賀神社の大イチョウ」とよばれている。現地には,安芸太田町教育委員会による説明が設けられており,そこに「樹高 約四八メートル」という記載はあるが,樹齢についてはなにも書かれていない。

また,広島県教育委員会のWebサイトに「広島県の文化財」という項目がある。そこで「筒賀のイチョウ」の項目を参照しても,「(樹高約48m)」という記載はあっても,樹齢については言及がない(*2)。安芸太田町教育委員会による説明板や,広島県教育委員会のWebサイトの内容は,公式なものだとみなすことができる。そのようなところで「樹齢1100年」についてまったくふれられていないにもかかわらず,新聞記事や現地でのイベントを告知するポスターなどでは,「推定樹齢1100年」という数値が広まっている。この「推定樹齢1100年」の根拠となるものが,公的にはない状態である。
 「樹齢1100年」の根拠としては,おそらく「日本の巨樹・巨木林―第4回自然環境保全基礎調査〈中国・四国版〉」(環境庁,1991年)(*3)の記載内容が利用されていると思われる。筒賀のイチョウについては,「推定樹齢(年)」の欄に「伝承1100年」と書かれている。ただ,どのような伝承があるのか,どこかに記録などがあるのかなどについては,とくになにも言及されていない。
 2001年に,「イチョウの伝来は何時か…古典資料からの考察…」という論文が発表された(*4)。これは,古文書等の記述内容から,イチョウが日本に伝来した時期を絞り込んだものである。そこでは,イチョウが日本に伝来したのは,13世紀から14世紀にかけてのころと考えられる,とのことである。たしかな記録や測定結果がないのであれば,「1000年以上前に,イチョウについての記録はない」「イチョウが日本に伝来したのは13〜14世紀と考えられる」とする研究を無視するわけにはいかない。そうすると,日本にあるイチョウの木は,それが伝来当時に生えたものだとして,せいぜい樹齢700年くらいにしかならない。少なくとも,樹齢1100年というイチョウの木が日本国内に存在することは考えられない,ということになる。このような内容が広く知られるようになって,それを受けて,「推定樹齢1100年」という記述が公的な記載からこっそり消されていったのであろうと思われる。
 いまの時点で根拠がないとはいうものの,「樹齢1100年」という伝承がいつのまにか存在していたのは,間違いない。それほどに大きく育っている木であることも,たしかである。また,樹齢が長ければ長いほど,ロマンのようなものが大きくなってくるから,楽しいのは間違いない。だから,「樹齢1100年」という数字を使いたくなるのは,しかたがない。ただ,「推定樹齢」と書くと,なんらかの方法で検証されているように見えてしまう。きちんと「推定」されたものではなく,あくまでも「言い伝え」によるものなのだから,「推定樹齢1100年」とするのではなく,「樹齢1100年と言い伝えられている」のように表現してほしいところだが,根拠に利用したと思われる環境庁の資料にある「推定樹齢(年)」という表現をそのまま使っているだけなのだろう。

ともかく,今年も美しく黄葉している。

Kodak DCS Pro 14n, AF-S VR Zoom-NIKKOR 24-120mm F3.5-5.6G IF-ED

Kodak DCS Pro 14n, AF Zom-NIKKOR ED 70-300mm F4-5.6D

*1 「筒賀のイチョウが見頃 20日ごろまでライトアップ」 (中国新聞デジタル 2022年11月7日)
https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/235346
 紙面では,2022年11月8日20面(広島都市圏)に記事が見られる。

*2 「筒賀のイチョウ」 (広島県教育委員会)
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/bunkazai/bunkazai-data-206140090.html

*3 「日本の巨樹・巨木林―第4回自然環境保全基礎調査〈中国・四国版〉」 (環境庁,1991年)
https://www.biodic.go.jp/reports2/4th/kyoju/4_kyoju_sik.pdf#253

*4 「イチョウの伝来は何時か…古典資料からの考察…」 (堀輝三,2001年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/plmorphol1989/13/1/13_1_31/_pdf/-char/ja


← 前のページ もくじ 次のページ →