撮影日記


2022年05月05日(木) 天気:晴

聖地巡礼

古くから流通している組立暗箱には,メーカー名などがどこにも書かれておらず,その製造元がよくわからないものも少なくない。メーカー名らしきものが書かれていても,それが,いつごろ,どこで活動していたのか,手がかりがないものもある。「OKUHARA CAMERA MFG CO.,LTD.」という銘板のついた組立暗箱も,正体がよくわからないメーカーの1つだったが,古い電話帳で「奥原写真機製作所」という名前を見つけることができた(2022年3月26日の日記を参照)。また,その時代の「大阪府工場名鑑」には,このほかに「オクハラ」という読みをもつカメラメーカーらしきものが見つからない(2022年3月29日の日記を参照)こともあり,これがOkuhara Cameraの正体として有力な候補であると考えている。
 「奥原写真機製作所」が存在したあたりを,訪れたくなった。当時とは住所表記が変更されているうえに,市営住宅の高層化など区画整理もされている。現在の住所との対比が面倒であるが,おおよその位置は見当をつけている。

地下鉄御堂筋線「あびこ」駅で下車して,南へ向かう。阪和貨物線の廃線跡から,少し西へたどったあたりが,かつての「奥原写真機製作所」の住所があった場所のはずだ。

あびこ筋から西へ2本目の筋,それは,我孫子東町の西の境界でもある。それを北へ進み,阪和貨物線の廃線跡を越えたあたりだと思われる。

そこは,周辺が住宅地であるものの,現在でも町工場のようなものが並んだ場所となっていた。このあたりが,Okuhara Cameraの「聖地」ということになるのかもしれない。
 その後,この周囲を歩いてみたが,「奥原写真機製作所」の痕跡のようなものを見つけることはできなかった。どこかに看板や広告のようなものがあって,そこに筆記体で書かれた「Okuhara」のロゴなどが残っていれば,「OKUHARA CAMERA MFG CO.,LTD.」の銘板と「奥原写真製作所」を確実に結び付けられたと思うのだが,今日のところは残念な結果となった。

このあと,ふたたび地下鉄に乗って,「井上一子美容室」と「大阪大衆トルコ温泉」の跡地を確認しに行ってみた(2022年3月23日の日記を参照)。こちらはさしたる苦もなく,その場所を特定することができた。


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