撮影日記


2022年02月16(水) 天気:曇ときどき晴

自己主張の強い「佐和式露出計算尺」

「佐和式露出計算尺」では,露出について,「係数」という考え方が使われている。フィルムの「係数」で「0」は,DIN 18°/10とのことである。「係数」が小さくなるほど高感度を意味することになるので,「佐和式露出計算尺」が考案されたころのフィルムの感度は,せいぜいDIN 18くらいだったのだろうと想像はできる。なお,DIN 18というのは,現在のISO 50に相当する感度をあらわす(2022年2月6日の日記を参照)。
 「佐和式露出計算尺」が発売された時期を確認するために,「アサヒカメラ」などの広告をさぐってみた。1935(昭和10)年までは確認できたが,手元にあるそれより古いものは1929(昭和4)年のものであり,そこには「佐和式露出計算尺」の広告が見られなかった。1935年と1929年の間を埋めるために,国立国会図書館デジタルコレクションで,その期間に発行された書籍を参照することにした。
 「佐和式露出計算尺」を作成した佐和九郎氏は,書籍や雑誌などの執筆を盛んにおこなっていたのだから,当人が書いた書籍に関連する記述があるのではないかと考えた。そこで,「佐和九郎」の著書を検索した。該当する年代のもので,関係しそうな内容の書籍が,2冊あった。

「露出の秘訣」(佐和九郎 著,アルス,1930(昭和5)年)(*1)

「アルス最新写真大講座・第3巻」(アルス,1935(昭和10)年)(*2)

 

「露出の秘訣」という書名からは,具体的な露出の決定方法,露出計の使い方などが書かれているものと期待できる。
 p.51(コマ番号66)からの「露出表と露出計」では,濃度式露出計や「森氏の露出計算器」を紹介しているが,「佐和式露出計算尺」の紹介はない。つまり,1930年当時はまだ,「佐和式露出計算尺」が製品化されていないものと判断できる。

「アルス最新写真大講座・第3巻」は,「撮影の実際」というサブタイトルがつけられている。すでに「佐和式露出計算尺」が製品化されているならば,その使い方にもふれていることが期待できる。
 p.231(コマ番号119)からの「14.撮影の実際」では,濃度式露出計や電気式露出計などを紹介している。しかし,濃度式露出計に対しては「迅速を欠く」「指示の誤差は著しい」として,よい評価をしていない。当時,最新のテクノロジーであった電気式露出計に対しても,「ある場合は正確に近く,あるい場合には差異が甚だしい」などと,貶している。このように各方面に「火の粉を降り懸からせている」ようで,まさしく佐和九郎氏らしい文章と言えるだろうか。このような発言が積み重なって,後の1936年に,シュミット商会が「降り懸かる火の粉は拂はねばならぬ」とブチ切れたことにつながったのであろう。
 濃度式露出計や電気式露出計をひととおり貶したあとの,p.236(コマ番号121)に「佐和式露出計算尺」が登場する。「佐和式露出計算尺は,逸見製作所研究部員宮崎治助氏の考案に基づく」と紹介している。「佐和式露出計算尺」に記されていた「THE HEMMI SEISAKUSHO CO., LTD.」が「逸見製作所」であることが,あらためて確認できたことになる。さらに,「佐和式係数露出法の数値により,最も正確かつ簡単に露出時間を求めて」と,濃度式露出計や電気式露出計よりもすぐれたものであると,アピールしている。そのうえで,「私は…御採用を各位にお奨め」と自画自賛しているわけである。
 佐和九郎氏の一連の発言を,苦々しく思っていた人が少なからず存在したと思われる一方で,一部の製品等を貶す態度を気持ちよく読んでいた人もいたのではないかとも想像してしまうのであった。それはともかく,1935年までには製品化されていることは,間違いないようである。

ともかく,「佐和式露出計算尺」の発売時期を特定するには,1930年と1935年の間に発行された書籍を確認しなければならない。国立国会図書館デジタルコレクションでの,佐和九郎氏の著書で,該当する期間に発行されたもののなから,次の書籍を参照することにした。

「正則写真術」(佐和九郎 著,アルス,1933(昭和8)年)(*3)

この書籍のp.113(コマ番号68)からは,「露出」について書かれている。そして,p.114(コマ番号69)に「佐和式露出計算尺」が掲載されており,その発売に関するすばりな記述があった。
 「私はこれらの要素に係数を採用して露出を決定する方法を大正13年に提案し,」
 「私はこの係数露出法をもっとも適当なる露出の決定方法と認め,」
 「昭和8年3月より,私の係数を基礎とした『佐和式露出計算尺』がアルスより発売され」
 発売は,1933年(昭和8)年3月ということである。この書籍の奥付に記載された印刷年月日は「昭和8年11月30日」なので,「佐和式露出計算尺」の発売にあわせて執筆されたのではないかとも,思ってしまうのであった。
 巻末には,「佐和式露出計算尺」の広告もあり,「我が写真界の巨匠佐和九郎氏が畢生(ひっせい=一生涯の意味)の努力を傾注せる世界的発明品」と,大きくもちあげている。製品として,それだけの自信があるということなのだろう。余計なことではあるが,これだけのことを言えるからこそ,各方面に火の粉を降り懸からせてきたのではないか,とも思えてしまう。

ともかく,「佐和式露出計算尺」が発売されたのは,1933年3月らしいことがわかった。そこであらためて,自宅の本棚を確認すると,アルス「カメラ」の1933年2月号があった。ここにちょうど,「3月上旬発売予定」という広告があり,1933年3月の発売は間違いないと判断できた次第である。また,「佐和式露出計算尺」に使われている「係数」の基本的な考え方は,1924(大正13)年に提案されたものということのようである。

*1 「露出の秘訣」(佐和九郎 著,アルス,1930(昭和5)年) (国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1179732

*2 「アルス最新写真大講座・第3巻」(アルス,1935(昭和10)年) (国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3430187

*3 「正則写真術」(佐和九郎 著,アルス,1933(昭和8)年) (国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1211968


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