撮影日記


2021年10月20日(水) 天気:曇のち雨

ミスった,サンマータイム 遠い夏の日のまぼろし?

現在のカメラは,シャッターレリーズボタンを押すだけで,露出もピントもきちんと調整された写真が撮れるようになっている。しかし,かつてそれらは,すべて使う人が自分で調整する必要があった。
 電気露出計というものを使えば,露出の基準値は容易に得られる。しかし,1950年代くらいまで,電気露出計は高価なものであった。そのころまではカメラ雑誌に,その月の「露光ガイド」というページが設けられており,何時ころのどんな場面であればどれくらいの露出が基準になるかの目安が示されていた。フィルムのパッケージなどにも露出の目安が示されているが,それよりもずっと細かくていねいなものである。
 雑誌の「露光ガイド」くらいの詳しい内容を,たとえば円盤状にまとめて携帯しやすくした,露出計算盤というものがあった。必ずしも使いやすいとはかぎらないが,電気露出計にくらべればきわめて安価で流通していた。また,かさばることもない。さまざまな露出計算盤が発売されていたが,よく知られているものの1つに「関式サロン露出計」というものがある。写真やカメラ関係の書籍や雑誌を発行していた玄光社から発売されていたもので,手元にある古い雑誌を眺めてみれば,昭和14(1939)年に発行された「アサヒカメラ」(5月号)にもその広告が載っている。
 「関式サロン露出計」はその後,1960年までには「セノガイド」という形に姿を変えて,玄光社を離れている。手元にある雑誌では,「カメラ毎日」1960年5月号に掲載された「関式露出計 セノガイド」の広告では,「製造元 株式会社関研究所,特約店 株式会社千代田商会」となっている。

「関式サロン露出計」を入手した。発売以後,なんどもモデルチェンジを経たようであるが,その本体には発売時期の手がかりになりそうな型番や製造年月日などの記載が見あたらない。

しかし,このモデルには,重要な情報が含まれていた。それは,裏面にある「サンマータイム」という表記である。唐突に「サンマータイム」といわれても,なんのことかわからないかもしれないが,「”サンマータイム”採用中は時計の時刻から1時間を減じて本時刻を見ること。」と書いてあるので,「サマータイム」のことかとすぐに理解できるだろう。

「サマータイム」とは,夏季には時計の針を1時間進めて長い昼間を有効に使おうという制度で,北アメリカやヨーロッパでは多くの国でこの制度が実施されている。2020年の東京オリンピックを前に,夏の酷暑を少しでも緩和するためにサマータイム制度を導入するべきか,という議論が起きたことは記憶に新しいだろう。結局,このときにはサマータイム制は導入されなかったわけだが,日本でもかつてサマータイムを実施していたことがある。
 日本で「サマータイム」が実施されていたのは,1948年から1952年である。もう少し詳しく見ると,「夏時刻法」が成立(1948年4月28日)し,そこの定めにしたがって1948年5月1日から実施された(*1)。そして,1952年4月11日に「夏時刻法を廃止する法律」が成立して,即日,廃止された(*2)。日本での「サマータイム」は,足かけ5年,実質4年間の実施だったことになる。日本でサマータイム制が定着しなかった理由としてはいろいろなものが指摘されているようだが,「過労」「睡眠不足」「子どもが寝つかない」などの理由があったようだ(2011年3月31日の日記を参照)。日本の気候は,サマータイムと相性がよくないのである。どういう背景があったのかはわからないが,アメリカにならってサマータイムを導入したのは,ミスった判断であったと言われてもしかたないだろう。
 ともかく,この「関式サロン露出計」は,日本でサマータイムが採用されていた期間に発売されたものであると,見当がつくのである。

手元には,この期間に発行された雑誌が1冊だけあった。「アサヒカメラ」1949年10月号,戦後の復刊1号である(2008年3月24日の日記を参照)。玄光社の広告に「関式サロン露出計」も掲載されていたが,わたしが入手したものとは形が違って,丸型である。あらためて「アサヒカメラ」1939年5月号の広告を確認するが,そちらも丸形である。このことからは,もともと「関式サロン露出計」は丸型であり,サマータイムが実施されている期間中に角型に大きくモデルチェンジされたと考えられる。

ともあれ,いまそろっている材料からは,この「関式サロン露出計」の発売時期は,1950年くらいだと考えられる。「アサヒカメラ」に丸型の広告が掲載されている1949年10月よりは後で,日本でサマータイムの制度がなくなる1952年より前に発売されたはずである。この期間の広告を細かく追っていけば,「関式サロン露出計」が,丸型から角型にモデルチェンジした時期を,かなり絞りこめるのではないだろうか。

せっかくだから丸型の「関式サロン露出計」も入手したいが,インターネットオークションを眺めたところ,出品価格は強気なものばかりだ。「よい出会い」は,しばらくないかもしれない。

*1 法律第二十九号(昭二三・四・二八)◎夏時刻法 (衆議院)
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/houritsu/00219480428029.htm
◎夏時刻法
第一条 毎年、四月の第一土曜日の午後十二時から九月の第二土曜日の翌日の午前零時までの間は、すべて中央標準時より一時間進めた時刻(夏時刻)を用いるものとする。但し、特に中央標準時によることを定めた場合は、この限りでない。
第二条 四月の第一土曜日の翌日(日曜日)は二十三時間をもつて一日とし、九月の第二土曜日は二十五時間をもつて一日とする。
夏時刻の期間中のその他の日はすべて二十四時間をもつて一日とする。
第三条 この法律の施行に関し、時間の計算に関する他の法律の規定の適用について必要な事項は、政令で、これを定める。
附則
この法律は、公布の日から、これを施行する。
この法律の適用については、昭和二十三年においては、この法律の第一条及び第二条において「四月の第一土曜日」とあるのは、「五月の第一土曜日(五月一日)」とする。

*2 法律第八十四号(昭二七・四・一一)◎夏時刻法を廃止する法律 (衆議院)
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/houritsu/01319520411084.htm
◎夏時刻法を廃止する法律
夏時刻法(昭和二十三年法律第二十九号)は、廃止する。
附 則
この法律は、公布の日から施行する。


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