撮影日記


2020年08月29日(土) 天気:はれ

大判一眼レフカメラの復活 POPULAR PRESSMAN

ニコンやキヤノンから,いわゆるミラーレスカメラとよばれる新製品の発売が続いている。これまで,豊富な交換レンズ等を利用できるシステムカメラとしては,一眼レフカメラというスタイルが主流だった。そのような一眼レフカメラの地位が,徐々に低下しているように感じられるできごとである。
 一眼レフカメラというスタイルが主流になったのは,1959年に発売されたNikon F以来のことであるとして扱われることが多い。しかし,Nikon Fが一眼レフカメラの元祖というわけではない。Nikon Fより早く,1952年には国産初の35mm判一眼レフカメラであるとされるAsahiflexが発売されている。35mmフィルムを使う一眼レフカメラとしては,1936年のドイツのKine-Exaktaや,ソ連のSPORTあたりがさいしょの機種であるとされている。
 しかし,一眼レフという形態そのものは,もっとさかのぼることができる。風景を描きうつすためのカメラオブスクラという装置には,ピンホールやレンズを通った光を鏡で反射させ,上部のガラス等に像を結ばるようになっているものもある。まさに,一眼レフカメラと同じようなものである。そして,19世紀の終わりころから20世紀のはじめころにかけて,さまざまな大型木製一眼レフカメラが登場している。

そのような時代の,木製大型一眼レフカメラを入手した。イギリスのButhcer社から発売された,POPULAR PRESSMANというカメラである。発売されたのは,1908年から1920年代にかけてのことのようである。このカメラには本来,ALDIS BUTCHER ANASTIGMATという銘のレンズが組みあわされているが,入手したときのカメラはほぼガラクタ状態で,当然のようにレンズは付属していなかった。そこで,手元にあったFUJINAR 21cm F4.5を取りつけて,いちおう撮影できる状態にしたものである。

Butcher POPULAR PRESSMAN, FUJINAR 21cm F4.5, FUJIBRO WP FM2

したがって,カメラの見た目(とくにレンズ部)は本来の姿と大きく異なっており,写りも20世紀初頭のイギリス製レンズのものではなく,昭和時代の日本製レンズのものである。20世紀初頭の一眼レフカメラで撮影する気分を味わえるだけ,という状態である。

先にも書いたように,入手したときのこのカメラの状態は,すこぶる悪いものであった。
 全体に埃が付着し,ボディに触れると劣化した貼り革がぼろぼろと崩壊する。金属部品には錆が出ているところもあり,これらのかけらが,さらにカメラ全体を汚している状態であった。

この種のカメラは,布幕のフォーカルプレンシャッターをもっているが,シャッター幕は劣化し,無数のピンホールが生じている。シャッターそのものも,かろうじて動いている程度であった。

ミラーは表面の銀が剥離しつつあり,まったく見えない状態である。

ファインダー部のフードも劣化してボロボロになっていた。幸い,レンズボードにつながる蛇腹には,補修の必要がなさそうに見えた。

まずは,これらをなんとか措置しなければならない。

劣化していたミラーについては,ダイソーでも買えるアクリルミラーで代用することにした。

ファインダー部のフードは,黒い画用紙と,補修用のビニルシートでつくることにした。いずれも,ダイソーで買えるものである。

シャッター幕については貼りかえることが望ましいわけであるが,それは経験がない。シャッター幕の動作については,軸部に時計用の潤滑油をつけながら動かしているうちにスムースに動きはじめたので,できれば現在のシャッター幕を活かしたまま補修できればありがたい。
 しかし,シャッター幕に生じているピンホールは,ほんとうにふさぐ必要があるのだろうか。感度の高いフィルムを使用し,それなりに高速なシャッター速度で撮影するのであれば,それなりの悪影響がでるだろう。しかし,このカメラに付属していたフィルム(乾板)ホルダは,手札サイズのものである。市販のフィルムを使用できないので,いつものように印画紙をカットして使うことになる。それならば低感度であるから,シャッター幕に生じているピンホールの影響をあまり受けないかもしれない。さらに,このカメラではミラーが降りた状態であれば,シャッター幕の状態がどうあれ,きちんと遮光されている。
 実際に印画紙を装填して撮ってみたところ,ピンホールの影響は見られないものであった。

このカメラに,FUJINAR 21cm F4.5を取りつけるために,厚さ3mmのアガチス材を使って,レンズボードをつくった。そこに,72mm→62mmのステップダウンリングを固定し,ここにレンズをねじ込むようにした。実際にはネジのピッチが異なるので,わずかしか噛み合わないのであるが,レンズを固定するくらいであればじゅうぶんである。

このカメラについては,Pacificriim cameraのサイト(*1)で公開されている「Popular Pressman Sales Brochure」が参考になる。この文書内には,「THE 1925 POPULAR PRESSMAN」という見出しがある。これは,1925年式のモデルという意味であろうか。「GENERAL CONSTRUCTION AND SPECIAL FEATURES」という項目のなかには,ピントグラスを掃除しやすいようにファインダーフードを持ち上げられるようなことが書いてあるが,わたしが入手したカメラでは木ネジで固定されていた。製造年度によって,細かいバージョンの差があるのかもしれない。
 製造者もはっきりわからないような組立暗箱よりは,いろいろなことを知る手がかりの多いカメラではあるが,それでもわからないことがまだまだたくさん隠れているかもしれない。

*1 Reference Library: Butcher Misc (Pacificrim camera)
https://www.pacificrimcamera.com/rl/rlButcherMisc.htm


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