撮影日記


2017年05月07日(日) 天気:晴れ

「5×7判の日」を忘れない

ディジタルカメラでは,撮像素子(センサ)の大きさがよく話題になる。撮像素子が大きければ大きいほど,全体の画素数が多くなり,画素数が変わらなければ1つ1つの画素を大きくできる。画素数が多くなれば,細かい画像が撮影できるようになる。1つ1つの画素が大きくなれば,ノイズの減少や豊かな階調にとって有利となる。とくに,35mm判カメラでよく使われてきた「ライカ判」サイズ(36mm×24mm)の撮像素子が,1つの到達目標となっていたが,ディジタル一眼レフカメラであっても,ライカ判サイズよりも小さなAPS-Cサイズの撮像素子が主流であった。撮像素子の大きさがライカ判サイズであれば,画素数も1つ1つの画素の大きさも,じゅうぶんなものが確保できる。また,フィルムを使う一眼レフカメラ(ライカ判)と同じ感覚で交換レンズを使用できるので,ユーザインタフェースとしても有利である。
 最近では,さらに大きな撮像素子をもつ「中判ディジタルカメラ」というものも,商品として市場にあらわれるようになっている。

フィルムを使うカメラで「中判」というと,おもに幅70mmの120(または220)フィルムを使うカメラをさす。画面の大きさは,約6cm×約4.5cmのものから約6cm×約9cmのものが多い。
 さらに大きなフィルムを使う「大判」カメラというものもある。大判カメラでは,35mm判カメラや中判カメラで使われるロールフィルムではなく,1枚ずつホルダに詰めて使うシートフィルムで撮影する。シートフィルムの大きさにはいろいろな種類があるが,もっともよく使われているのは4インチ×5インチのものだ。これは「シノゴ」判ともよばれる。さらに大きな8インチ×10インチの「バイテン」判とよばれるものも,大判カメラの世界ではポピュラーな存在だ。このほか最近までは,5インチ×7インチのものや11インチ×14インチのシートフィルムも市販されていた。
 今日は5月7日,「5×7判の日」である。
 5×7判は,「シノゴ」や「バイテン」にくらべるとマイナーな存在で,忘れられがちだ。5×7判のフィルムはすでに市販されていないので,今日は印画紙でフィルムを代用して撮影をする。5×7判ではないが,装填したまま放置していたものがあるので,それを消費してしまうことにする。今日は,「四切2分の1」(これは6×10判となる)で撮影することになった,

古くからの住宅街に,道標が残る。まだ朝早いので,通る人は少ない。しかし,この道は決して広くない。自動車も通らないわけではないから,できるだけ隅に三脚を立てる。結果として,電柱に隠れるように,カメラを据え付けることになった(笑)。決して隠れているわけではないが,これでは不審人物に思われてしまうのではないか?まあこれは,どう見ても「写真を撮っている」ようにしか見えないだろう。しかもカメラを向けている道標は,この界隈ではおそらく知らぬ人のない「名所」のようなものだ。実際に撮影準備をしてから撤収するまでに何人かの人がここを通ったが,不審なものを見るような視線を感じることはなかった。
 いや,不審に思ったからこそ,あえて視線を向けてこなかった可能性もある。
 ともあれ,通報されることもなく,撮影完了。

Okuhara camera, FUJINON-W 210mm F5.6, FUJIBRO FM2
ミクロファイン(1:1)で現像,EPSON EP-801Aで取りこみし反転。

少し移動して,こんどは昨日FUJI FinePix 6800Zで撮った,いつもの道標とポストである。現像のムラがひどい。少々カブリも生じているようだ。

ちょうど,朝日が順光で少し斜めからあたっている。「ぜひ,いま撮ってくれ」といわんばかりの好都合な光線だ。
 冠布のなかでピントグラスを見る。そのとき,右のドアが開いてなかの人と目が合った(笑)。冠布から顔を出して,軽くごあいさつ。ここもいわゆる「名所」だから,撮られることに慣れているのであろうか。
 ここでも,通報されることはなかったようだ。ここまで堂々としたカメラだと,かえって安心されるのかもしれない。と,思うことにしよう。

Okuhara camera, FUJINON-W 210mm F5.6, FUJIBRO FM2
ミクロファイン(1:1)で現像,EPSON EP-801Aで取りこみし反転。

古いうえに保管が悪く,こちらも激しいムラとカブリがある。また,ちょっとコントラストが足りない。それでも,それなりに堂々としたポストと道標の写真が得られたと思っている。大きなフォーマットは,七難を隠す。フォーマットの大きさは,正義である。
 また機会を見つけて,撮りなおすことにしよう。


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