撮影日記


2011年02月05日(土) 天気:晴ときどき曇

レストハウスのなかは急な階段と木の手すり

広島の平和記念公園のなかほど,元安橋の近くに,お土産物などを売っている建物がある。名称を,「平和記念公園レストハウス」という。この建物は,第二次世界大戦以前からその場所に建っていた,いわゆる「被爆建物」の1つとしても,よく知られている。もともとは「大正屋呉服店」として,1929年に建てられたものだ。原子爆弾によって,地下室を除いて全焼したものの倒壊しなかったようで,現在も使われているのである。この前に立てば,原爆ドームもすぐ目の前に見え,爆心地にかなり近い場所にあった建物であったことが理解できるだろう。
 さて,この建物の道路に面した側の1階は,売店や自動販売機の設置された休憩所になっている。そのため,そこに出入りした人は多いはずだ。しかしこの建物をよく見れば,3階建てである。さらに,原子爆弾が投下されたとき,たまたまこの建物の地下室にいて助かった人がいた,という話もある。つまり,地下室も含めれば,4階建てとなる。いま,地下室や2階,3階は,なにに利用されているのだろうか?

1997年に撮影。
Mamiya Universal Press, Mamiya-sekor 50mm F6.3, EPN

今日はたまたま,「財団法人広島観光コンベンションビューロー」の「会議室」に行く用事が発生した。財団法人広島観光コンベンションビューローの住所は,広島国際会議場である。だが,案内された「会議室」は,そこにはない。今日の「会議室」は,「レストハウス」にあるというのだ。
 レストハウスの裏というか,川沿いの側面に,アルミ製のいかにも事務所といった雰囲気のドアがある。単に「レストハウスにある」とだけ聞いていて,案内などがなかったなら,きっと売店のほうから入っていって,そこからどう行けばよいのか迷っていたことだろう。

こんなところに入口があることには,これまでまったく気がつかなかった。こんな地味なドアでは,用事がなければ,なかなか気がつかない。
 ともあれ,ここから「レストハウス」の建物に入るのは,はじめてのことである。
 行き先は,3階とのこと。階段をあがる。どうやら,エレベーターなどは,ないらしい。階段は幅が狭く,急だ。いわゆるバリアフリーなど,まったく意識されていない。決してあたらしいつくりではない,ということだ。手すりは木製で,厚くペンキが塗られているようだ。もしやこの階段や手すりは,「当時の」ものだろうか?いや,それはない。地下室でもなければ,この位置にある建物の内部,とくに木製のものが残っているはずはないだろう。手すりをよく見れば,まっすぐで均一な角材を使っているようには見えない。装飾のためというよりも,廃材を利用したのか?という気がする個所もある。これらの構造は,戦後の混乱のなかで急遽,整備されたものなのかな?と,想像しながら,階段をあがっていった。

用事が終わって外へ出れば,もうすっかり夕方である。空がすっかり曇ってしまい,夕焼けにならないのが残念だが,川に写ったレストハウスと葉を落とした木,その下を歩く人のシルエットがきれいに思えたので,ちょこっとディジタルカメラで撮って,平和公園を後にした。

参考:「広島平和記念資料館 WEB SITE」より「17 レストハウス(元大正屋呉服店)」
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/virtual/VirtualMuseum_j/tour/ireihi/tour_17.html


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