撮影日記


2007年01月28日(日) 天気:晴

価格破壊「ビューティーフレックスT」

「二眼レフ」という形態のカメラは,今では主流ではなくなっていると言える。二眼レフカメラは,その名称が示すとおり,2つのレンズをもち,レフレックス機構(反射鏡)を利用したカメラである。具体的には,上下に2つのレンズが並んでおり,下のレンズは像をフィルムに結ぶための撮影用レンズ,上のレンズはファインダーに像を写すためのレンズである。ファインダーは,カメラの上部についており,上から覗きこんで使うようになっている。
 二眼レフカメラの特徴の1つに,ピントあわせがある。たとえば,距離計連動式ファインダーを有するカメラの場合,ファインダーの中央部でしかピントあわせができない。それに対して二眼レフカメラでは,ファインダースクリーンの像を見てピントあわせをするようになっているため,ファインダーのどこででもピントをあわせることができる。こういう点では,一眼レフカメラやビューカメラと同等の有利さがある。ビューカメラに対しては,即写性の面で有利だ。一眼レフカメラに対しては,露光中でもファインダーの像が見える,という面で有利である。一眼レフカメラでは,ペリクルミラーを使ったごく一部の特殊な機種でのみ,それが実現されている。
 しかし,ごく一部の機種を除いてレンズ交換ができないこと,パララクスの問題があること,接写が難しいことなどから,現在のカメラの主流が,一眼レフ式になっていることは,言うまでもない。

そのような二眼レフカメラが,巷で主流だった時代がある。おおよそ昭和20年代後半から昭和30年代初頭にかけてのことだったと言えるだろう。「リコーフレックスIII型」(1950年)にはじまる安価な二眼レフカメラが,数多くのメーカーから発売されたのである。そのカメラの名称の頭文字は,「アイレスフレックス(AIRESFLEX)」のAから,「ゼノビアフレックス(ZENOBIAFLEX)」のZまで,ほとんどすべてのものがあった,とまで言われる(実際には「すべて」ではなかったらしい)。また,二眼レフカメラを発売しなかった有力メーカーは,ニコン,キヤノン,旭光学(ペンタックス)など,ごく一部だけのようである。
 二眼レフカメラは,大きく,2つのタイプにわけられるだろう。
 1つは,ローライフレックスなどに代表されるもので,「レンズボード繰り出し式」と呼んでおく。レンズボードに,撮影用レンズとファインダー用レンズのついたレンズボードをノブ等の回転で前後させてピントをあわせるようになっているものである。
 もう1つは,リコーフレックスなどに代表されるもので,「前玉回転式」と呼んでおく。撮影用レンズとファインダー用レンズの周囲がギアになっており,連動して回転させることで,ピントあわせができるようになっているものだ。
 「レンズボード繰り出し式」と「前玉回転式」では,「レンズボード繰り出し式」の方が高級品であった。このころ,廉価モデルは1万円台の前半と上位モデルは1万円台後半に価格が設定されていたように見える。「アサヒカメラ年鑑1953」巻末の広告を見てみよう。「レンズボード繰り出し式」二眼レフカメラとしては,たとえば「マルカフレックス(19000円)」,「ニッケンフレックス(18500円)」,「エレガフレックス(18000円)」,「アルペンフレックス(16000円)」などが見られる。「前玉回転式」二眼レフカメラとしては,たとえば「ファーストフレックス(10000円〜14000円)」,「ウェルミーフレックス(13000円)」,「リコーフレックス MODEL VI (8300円)」などが見られる。「リコーフレックス」はスローシャッターもない,まさに廉価版カメラなのだが,その安さは群を抜いているといえるだろう(価格はいずれもケース付きのもの)。
 この状態に大きな変化を起こしたのが,1954年に登場した「ヤシカフレックスA」とされる。このカメラは,「レンズボード繰り出し式」という高級機としてのつくりを備えながら,9500円という「前玉回転式」の廉価モデル並みの価格で発売されたのである。そしてそれを追撃するかのように登場したカメラを,このたび「ベビーパール」とともにいただいたのであった。そのカメラは,1954年11月中旬に発売の「ビューティーフレックスT」である。

左:ビューティーフレックスT,右:ビューティーフレックスV

「ビューティーフレックスT」は,「レンズボード繰り出し式」で,シャッター速度に「1秒」がある,まさに高級機のスペックで登場したカメラである。それでいて価格は9500円である。1955年「アサヒカメラ」1月号の巻頭にその広告があり,「9500円 繰出式,1秒付」の文字が踊っている。ところで,上の画像の右側の「ビューティーフレックスV」は,昭和28年に発売された「前玉回転式」(シャッター速度は1秒〜1/200秒)の廉価モデルで,1954年「アサヒカメラ」9月号の広告では,価格は9800円であった。まさに,高級機と同等のカメラが,廉価モデル並みの価格で発売されたのである。当時も「価格破壊」という言葉が使われていたなら,まさにそれがあてはまる出来事だったであろう。
 「ビューティーフレックスT」の発売によって,「ビューティーフレックスV」とそれまでの上位モデル「ビューティーフレックスK」(操出式,1秒付)の販売は終了する,と1955年「アサヒカメラ」1月号の記事は伝えている。最上位モデルの「ビューティフレックスS」(操出式,1秒付,セミオートマット 16800円)と,「ビューティフレックスT」が並売されることになるわけだ。

「ビューティフレックスT」と化粧箱
低価格ながら,「1秒付き」の機能を誇る。
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