撮影日記


2006年08月01日(火) 天気:はれ

古書店の魅力につつまれて
「ラムネ」の魅力を買う

最近,アーカイブス事業などと称して,記録をディジタル化して保存する作業が,各所でおこなわれているようだ。ディジタル化された情報は,複製や検索が容易になった。複製による品質の劣化がないことから,複製を繰り返すことで,品質を保ったまま長期間保存ができるというメリットも生じている。
 情報は,聴覚によるものと視覚によるものに大きく分けられるだろう。聴覚によるものとしては,音声が代表的である。視覚によるものとしては,絵,写真や文字などがある。文字が使えるようになって,人は,さまざまな情報を記録することができるようになった。音声として話されたことばは,文字として書きとめ,記録できるようになったのである。その文字は,紙に記録されることによって,保管するためのスペースもコンパクトなものになる。書籍には,多くの情報が濃縮されて保存されているのである。
 音声を記録するメディアには,磁気テープやレコード盤などがある。これらのメディアから音声を取り出すには,専用の装置が必要である。初期のレコード盤を除けば,音声を取り出すには電力が必要である。絵,写真,文字は,紙に記録できる。ここに記録された情報を取り出すには,専用の装置は必要ない。明るいところで,それを直接ながめればよいのである。
 ディジタル化されて保存された情報には,さまざまなメリットも生じるが,その情報を取り出すために専用の装置が必要であり,当然のようにそれらは電力を要求する。ディジタル情報は,決まった約束ごとにしたがって形作られているため,いま使われている約束ごとが「改良」されて主流でなくなったとき,いま使われている約束ごとにしたがって記録されたディジタル情報は,取り出すことができなくなるかもしれない。もっとも,つねに最新の約束ごとにしたがって複製を繰り返し,保存に励んでいるならば,そういう問題もなかなか生じないだろう。
 ディジタル情報に限らず,情報を取り出すときに専用の装置が必要なメディアは,ある日,突然,使えなくなってしまう危険性がある。たとえば,いま,β方式のビデオテープに記録された映像を鑑賞する術を持っている人は,かなりの少数派になっていることだろう。

だから,少なくとも個人レベルでは,ディジタル情報は「使い捨て」と割り切った方がいいと思う。ただ,利用するためのインフラがあるうちは,ディジタル化されたものは,なにかと扱いやすいので重宝している。

紙などの物体に,そのまま見える形で記録されている,絵,写真(陽画),文字は,すばらしい存在である。そういう情報が濃縮され,長い年月を経て伝えてくれる書籍は,メディアの主流として決して廃れることはないだろう。そして,自分が生まれる前に記録された情報すら並べられている古書店は,まさに情報の宝庫である。

などとゴタクを並べてみたが(笑),ともあれ古い本を読んでみることはおもしろいのである。それが古書店の最大の魅力なのだが,古書店にはもう1つ,大きな魅力がある。それは,安価に書籍を入手できる可能性があるということだ。古書店の店頭付近にある「100円均一」や「300円均一」コーナーに,なにげにおもしろい本が埋もれていたりするものである。
 一般に,そういう場所にある本は,「売れないもの」である。
 「売れない」理由には2つあり,1つは「だれも買ってまで読みたがらないもの」がある。たとえば,ちょっと話題になったが,実際にはたいしたことのなかった本である。話題になってそこそこ流通したので,読んでみたいと思った人は,すでに読んでいる。実際にはたいしたことのなかった本なら,そのあとあらためてそれを読もうと思う人はいない。ほかの理由としては,そもそもつまらない本であった場合もある。あるいは,たいへん専門的な本で,もともとそれが対象とする読者が少ないものなどもあるだろう。
 もう1つの「売れない」理由として,その本が「傷んでいる」ことがあげられる。日焼けしている,破れている,カバーがない・・・など,さまざまな状況があるだろう。もっとも,もともと高値がつくような本ではないからこそ,少しの傷み等によって,「100円均一」「300円均一」コーナーへおいやられてしまうのである。

先日,そういう「100円均一」コーナーでみつけた「ラムネ・Lamune・らむね」(発行 農山漁村文化協会,著 野村鉄男)という本は,おもしろかった。「ラムネ」という清涼飲料についての歴史が紹介されているのであるが,心象的な面を重視したり,史実について触れてみたりと,なんとなく野暮ったい構成ではある。「らむね,らむね,らむね・・・・」と連呼したからといて,「ラムネを飲んだら頭がよくなる」などと歌っているわけではないので,念のため。
 そもそも,広く売れそうな本には思われないが,なによりも「カバー」が失われていたことが,この本を「100円均一」コーナーへ直行させたのであろう。

背には,分類シールが貼られている。どこかの図書館から放出されたものだろうと思って中を見てみると,最近廃校になった女子短大の図書館の蔵書であることを示す印が押されていた。


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