撮影日記


2006年05月16日(火) 天気:雨のち曇

マミヤ・デジタル・イメージング株式会社

マミヤ・オーピー株式会社が光学機器事業を手放すというニュースがあったのは,およそ1ヶ月前のことである。そのときの発表によれば,マミヤ・オーピー株式会社の光学機器事業は,IT企業である株式会社コスモ・サイエンティフック・システムが設立する子会社に,丸ごと引き継がれるということになっていた。さらに,現行製品の製造・販売,メンテナンス業務については,従来どおり継続する,ということも示されていた。このとき気になったことは,2つある。1つは,新製品の開発はどのように考えているのか,ということである。もう1つは,カメラの名称が「マミヤ」ではなく「コスモ」などに変わってしまうのだろうか?ということである。
 マミヤ・オーピー株式会社の2006年5月16日付けのプレスリリースでは,それについての現時点での回答が示されている。
(http://www.mamiya-op.co.jp/home/camera/news/news20060516.html)

まず,このプレスリリースで示されていることは,「マミヤのブランドを継承する」ことである。「マミヤ」という名前が,カメラの名前として生き残ることは確実なようだ。そういえば,ソニーも,コニカミノルタから継承した「α」の名前を継承するかのようなコメントを発表していたと思う。
 また,「マミヤ」の光学機器事業を引き継ぐために設立される会社は,現在は「コスモ・デジタル・イメージング株式会社」となっているが,営業譲渡を受けた後に,「マミヤ・デジタル・イメージング株式会社」となることも発表されている。「マミヤ」の名前は残るのだ。

一方,今後の製品開発に関しては,「マミヤZD,マミヤ製デジタルバック等のデジタル製品企画開発に傾注」することが示されている。ディジタルカメラ以外の製品については,よくて現状維持,場合によってはメンテナンス業務以外の分野は早々に整理されてしまう含みがあるかのように思われる。これは,フィルムからディジタルへの,最近の流れのなかでは,しかたのないことであろうか。
 かつて,「マミヤ光機」は,釣り具の老舗「オリムピック」と合併し,「マミヤ・オーピー」になった。山の中の町をクルマで走っていると,突然,「マミヤ・オーピー」という看板を見かけ,「おお?こんな山の中の町に,中判カメラを主に扱うようなカメラ屋さんがあるのか?」と思ったことがよくあった。もちろんそのお店は,釣り具屋さんだったりするわけだが。「マミヤ・オーピー」は,主たる事業であった釣具からも撤退し,さらにいくつかの事業を,他社に譲渡しているようだ。厳しい状況を耐えているところなのだろう。

そして。マミヤ光機,マミヤ・オーピー,そして,マミヤ・デジタル・イメージング。会社は変わっても,「マミヤ」という,すばらしいカメラにつけられた伝統の名前は,後々まで受け継がれていくことだろう。しかし,その中身は,中判カメラからディジタルカメラへと,大きく変化していった。


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