撮影日記


2004年01月25日(日) 天気:晴ときどき雪

三江線

運転本数が少ない

今日は,三江線の撮影を主に考えて出かけた。しかし,昨日の早起きが影響したのか,出発がすっかり遅くなってしまった。
 これまで,三江線をあまり撮らなかった理由だが,やはり,その運転本数が,あまりに少ないことが原因ではないか,と思う。現在は,1日5往復である。この季節だと,朝の1番列車と,夕方(夜とは言い難い)の最終列車は,暗い時間帯であり,撮影対象にならない。
 私がこの地域を訪れる最大の目的は,常清滝の撮影である。常清滝を撮りたい時間帯は,夜明けころから10時ころまでと,午後である。ちょうど,数少ない三江線の列車が通る時間帯なのである。

景色は美しい

私が,可部線を撮るようになった理由の1つには,よく撮影に出かける三段峡への通り道に,可部線がずっと平行していることがある。長い区間を平行するので,行き帰りなど,どこかで撮影できる機会に恵まれる可能性が高い。また,可部線そのものは,極端に言えば,自宅から三段峡まで,ずっと平行している。一方,三江線は,私の通り道と平行する区間は,ごくわずかである。
 三江線を走る主力車両は,比較的新しいキハ120という車両である。また,可部線と違って臨時列車の設定もほとんどなく,多客期に増結するという措置もみられないようである。つまり,走っている車両の変化が乏しいという点も,面白みに欠けるところである。
 可部線が太田川に沿って走っているように,三江線は江の川に沿って走っている。現在の江の川の水量は,現在の太田川の水量よりも豊富に見え,景色的にも美しいものがある。ただ,ぱっと見た目には変化に乏しいというところが,魅力に欠けるところだろうか。

とりあえず撮ってみよう

三江線は,三次と江津を結んだ,いわゆる陰陽連絡ルートの1つである。しかし,高速道路網が作られつつある現在,陰陽連絡という役割は,ほとんど失われているような気がする。
 三江線が全通したのは比較的新しく,1980年に口羽と浜原の間が開通したときである。それまで,江津と浜原の間は三江北線,口羽と三次の間は三江南線とされていた。三次から江津まで,ずっと撮り続けるのは,少々面倒なことになりそうなので,とりあえずは,常清滝を訪れるついでに撮影できる,三江南線と呼ばれた区間,三次から口羽の間を撮ってみようと思う。
 ところで,三江線の列車に乗ったことは,1度しかない。1985年3月に,「青春18きっぷ」を使って乗ったことがあるだけだ。そのときは,広島から芸備線で三次へ行き,三次から三江線で江津へ,そして山陰本線で出雲市へ行き,当時まだあった大社線で出雲大社を訪れた後,出雲市から京都まで廃止直前の夜行普通列車「山陰」号に乗ったのである。

なお,私は(以下略


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