撮影日記


2022年03月20(日) 天気:晴

その場所は,トルコ温泉前

家の奥,物置のようになっている場所を片づけていると,へんなものが見つかることがある。開けた記憶のない段ボール箱を開けると,そこには古いマッチ箱が詰め込まれていた。

かなり古そうなマッチ箱である。お店の名前や住所なども書いてあり,1つずつじっくりと眺めてみるとおもしろそうだ。しかし,家の片づけが大ごとになっているので,ゆっくりと観察している余裕はない。ただ,どうしても気になることが1つあった。それは,「井上一子美容室」というお店のマッチ箱に書かれた,住所の表現である。そこには「南区御蔵跡町トルコ温泉前」と書かれている。

「南区御蔵跡町」というのは,1983(昭和58)年に住居表示の変更がおこなわれるまで,大阪市内にあった町の名前である(*1)。通常であればそのあとに,何丁目あるいは何番地などの番号がつくはずだ。しかし,このマッチ箱では番地のかわりに「トルコ温泉前」という表現が使われている。
 この,「トルコ温泉」とはなにか?
 また,この「トルコ温泉」は,一般名詞的に使われているものだろうか。それとも,その施設の名前,固有名詞だったのだろうか。いずれにせよ,お店の場所を示すためのランドマークになり得るほどの,当時としては有名な施設だったのだろう。
 かつて,性的サービスを提供するお店が「トルコ風呂」(あるいは単に「トルコ」)と称するケースが多かった。そのような施設を,「美容室」の目印として利用するだろうか?「美容室」であるから,その顧客はほとんどが女性であろうから,そこは少々,不自然に感じる。
 「トルコ風呂」で性的サービスがおこなわれるようになったのは,1958年に売春防止法が施行された後だという話もあるので,それ以前はさほどいかがわしい施設ではなかったとも考えられる。そこで,このマッチ箱がつくられたと思われる年代がいつなのかを考える。年代の特定に使えそうな要素として,電話番号がある。マッチ箱に記載された「井上一子美容室」の電話番号は「(63)0620」となっており,市内局番が2桁である。現在の大阪市内の市内局番は4桁で,その前,1998年末までは3桁だった。市内局番が2桁から3桁に変わったのは,ダイヤル自動通話のシステムが導入されたタイミングにあわせてのことである。したがって,このマッチ箱は,少なくとも1950年代のものであると考えられる。そうであれば,まだ「トルコ風呂」が,必ずしも性的サービスを提供する施設ではなかった可能性がある。それならば,美容室がお店の場所を示すための目印に「トルコ温泉」を利用したことも,不自然なことではないと思えるのであった。

なお,「トルコ」とは,いうまでもなく国の名前である。1980年代に,トルコからの留学生が「祖国の名前が性的サービスを提供する施設に使われている」ことを改めてもらいたいと活動をはじめ,現在の東京都知事の尽力もあって,全国の業界に改名させることに成功したということがあった。現在では,そういういかがわしい場所を示すものとして「トルコ」という名前が使われることは,なくなっているようである。

*1 「中央区(旧南区)の町名(あ行)」(大阪市中央区役所 総務課総合企画グループ)
https://www.city.osaka.lg.jp/chuo/page/0000484178.html


← 前のページ もくじ 次のページ →