撮影日記


2020年08月03日(月) 天気:はれ

なぜ,いまさら126?

1980年ころのことだったと記憶している。ごく少ないながらも,126カートリッジフィルム(インスタマチックフィルム)を買い求めようとする人,126カートリッジフィルムの現像を依頼しようとする人があらわれたことがあった。
 当時,小型のカートリッジフィルムとしては110カートリッジフィルム(ポケットフィルム)が広く使われるようになっており,すでに126カートリッジフィルムは過去のもの,忘れ去られたような存在であったはずである。そのような状況のなかに突然,126カートリッジフィルムのユーザが出現したのである。
 やがて,事情がわかった。雑誌の年間購読予約の特典として,126カートリッジフィルムを使うカメラがもらえるキャンペーンがおこなわれていたのである。
 その雑誌は,「中一コース」か「中一時代」だったはずだが,はっきりとは覚えていない。そしてそれは,正確に何年のできごとだったのだろうか,ずっと気になっていた。わからないことがあると,すっきりしないものである。

最近,「アルプス堂」という東京のカメラ店が閉店することになり(*1),その在庫放出セールがはじまった。珍しい商品などはたまに,twitterでも紹介されていた。先日そこに,わたしがさがしていた答えである126カートリッジフィルムを使うカメラがあらわれたのである。別の年度の特典品である110カートリッジフィルムを使うカメラとセットになっていたが,販売価格は安価なものであった。ぜひとも購入したいところであるが,仕事を終えてすぐに東京へ向けてでかけたとしても,営業時間内に到着できるはずはない。せっかくの機会を逃すのは残念であるが,雑誌名やそのキャンペーンがおこなわれていた年が判明したので,満足することにした。
 ところが,それを購入した人が,ゆずってくださるとおっしゃる。その人は,126カートリッジフィルムを使うカメラのほうはすでに入手しており,セットになっていた110カートリッジフィルムを使うカメラのほうだけがほしかったとのこと。このご厚意に甘えることとした。

カメラの名称は「Hi-POSE 126」(ハイ・ポーズ126)で,旺文社が発行する学習雑誌「中一時代」の昭和57年度年間購読を予約するともらえるようになっていた。雑誌名とその年が,明確になったのである。気になっていたあやふやな記憶が明確になると,じつにすっきりするものである。
 ところで,昭和57年といえば,1982年である。1982年といえば,110カートリッジフィルムにかわる規格になるかと注目された,discカメラが発売された年である。結局,discカメラはさほど話題にもならずにひっそりと消えていったことは,よく知られているとおりであるが,もはや126カートリッジフィルムの時代ではなかったのである。日本カメラショー「カメラ総合カタログ」を参照しても,すでに126カートリッジフィルムを使うカメラは掲載されていない。
 そうはいっても,旺文社のような大手の出版社が付録にしたのであるからには,まだどこかでカメラの供給があったのだろう。そこで,海外の製品も掲載している日本カメラ「カメラ年鑑」も参照したのだが,1979年版まではコダックの2機種が掲載されているものの,1981年版,1982年版には1機種も掲載がない(1980年版は手元にないので未確認である)。

ここで,Hi-POSE 126カメラそのものを観察してみよう。
 まず,生産者名らしきものは,記されていない(「旺文社」とも書いていない)。また,生産国をあらわすような表記も,見あたらない。
 機構としてはごく簡便なものであり,ノブを回して巻き上げると,フィルムにあけられたパーフォレーション(穴)によって,シャッターがチャージされるようになっている。チャージされれば,シャッターレリーズボタンを押すことで,フィルムに露光される。シャッター速度は変更できず,絞りもない。また,ピント調整はなく,説明書では「明るい場所」で「1.2m以上離れて」写すように指示されている。お天気マーク(「晴れ」または「曇」にあわせる,絞りまたはシャッター速度が変化するようになっているしくみ)もなければ,マジキューブ(この種のカメラでよく用いられていた小型の閃光電球)のソケットもない。機構としては,ダイソー「おもちゃのカメラくん」などのような,いわゆるトイカメラである。

この,Hi-POSE 126カメラは,1979年版の「カメラ年鑑」に掲載されていた,Kodakのカメラと関係するのであろうか。
 「カメラ年鑑」に記載されているのは,Kodak Instamatic X-15とKodak Instamatic 76Xの2機種である。このうちでは76Xのほうが廉価版であるが,それでもお天気マークでシャッター速度が2段階に変化し,マジキューブも使えるようになっている。そして,カメラの価格は4,950円となっている。
 Hi-POSE 126カメラは,これよりもずっと,簡便で安価なカメラということである。「中一時代」の価格がパッケージに書かれており,「年間概算定価(予)5,960円」となっている。6,000円弱の雑誌の特典として,5,000円弱のカメラがついてくることなど,あろうはずがない。価格をつけても,せいぜい数百円程度のものであろう。

Hi-POSE 126カメラのパッケージには,当時,添付されていたであろう文書類が含まれていた。
 旺文社の参考書「ハイトップ」を宣伝するチラシ,カメラの取り扱い説明書,そして「126カートリッジフィルム注文書」というものである。
 「126カートリッジフィルム注文書」には,「カメラのフィルムには,いろいろな種類がありますので,まちがえて他のフィルムを買わないために,最初はこの注文書を使ってフィルム販売店でお求めください。」と書かれている。さらに「★もし,フィルム販売店に126カートリッジフィルムがないときは,取りよせてもらうようにたのんでください。」とも書かれている。このことからは,当時すでに,126カートリッジフィルムを置いていないお店が少なくないことは認識されていたことがうかがえる。そして私自身も当時,126カートリッジフィルムやインスタマチックということばを聞いたことはあっても,見た記憶はなかったのだ。
 当時,簡便なカメラ用として普及していたフィルムは,110カートリッジフィルムであった。さらに,あたらしいdiscフィルムが発売されようとしていた。126カートリッジフィルムを扱っていないお店も,少なからず存在した。だからこそ,「なぜ,いまさら,126?」なのである。
 考えられるのは,ただひとつ。雑誌の価格に見あうコストで用意できるカメラが,126カートリッジ式カメラしかなかったのであろう。もう,そうとしか考えられない。そうであるとしか,考えたくない。

フィルムについては,取扱説明書のほうにも記載があった。これによると,サクラカラーとコダカラーに,126カートリッジフィルムのラインアップが残っていたようである。このことは,「カメラ年鑑」1982年版でも確認できる。Kodakのフィルムについては,1999年版でもまだ掲載が確認できる(Gold 400,GC)が,2000年版では掲載がなくなっている。このことは,Kodak alarisのWebページ(*2)で「販売終了時期」が「2000年1月」となっていることと整合している(製品記号 GC 126-24)。
 当時,Hi-POSE 126カメラで写真を撮った人がいらっしゃれば,その思い出など,聞いてみたいものだ。

このたびは,Hi-POSE 126カメラの入手について,@Guiniol1氏にたいへんお世話になったこと,厚く御礼申しあげる。@Guiniol1氏は,110カートリッジフィルムを使うカメラに関する自主製作本など作成しておられるので,興味のある方はご参照されたい(*3)。

*1 アルプス堂ブログ「ほいきた珍道中」2020年6月 1日 (月) 閉店のお知らせ (株式会社アルプス堂)
http://alpsdo.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-90b617.html

*2 販売終了品 (コダック アラリス ジャパン株式会社)
https://web.archive.org/web/20200512194821/http://www.kodakalaris.co.jp/service/discontinued/
※Internet Archivesを参照。

*3 in POCKET web (デュアルパトローネ)
http://dualpatrone.tubakurame.com/


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