撮影日記


2019年10月22日(火) 天気:晴

廃線の駅で旅立ちの印象を撮る

JR可部線はかつて,広島市西区の横川駅から山県郡安芸太田町(合併前の当時は戸河内町)の三段峡駅までの路線であった。途中の可部駅までの沿線は市街地が続いており,早くから電化されて電車が頻繁に運転されるようになっていた。それに対して可部駅から先は,山間部の谷に沿って点在する集落を結ぶような形になっており,電化されることはなく,1〜2時間に1本程度(時間帯によってはもっと間があくこともある),ディーゼルカーによる列車が運転される状況になっていた。電化されなかった可部駅から三段峡駅までの区間は,2003年11月30日で営業を終了し,廃止となった(2003年11月30日の日記を参照)。その後,可部駅付近の市街地に該当する区間では,公共施設も存在することから,2駅分ではあるが2017年に電化して復活している(2017年3月4日の日記を参照)。
 一方で,廃止になった区間では,残っていた線路もかなりの部分が撤去された。いくつかの駅とその周辺については,線路や駅のホーム,駅舎などが残され,集会所や店舗などとして利用されている。安野駅も,そのようにして残されている駅の1つである。廃止が近づいたころの安野駅は,春にはモモ,サクラ,レンギョウが咲きそろうことや,多くのネコが住み着いていたことから,人気のあるスポットの1つになっていた(2002年3月31日の日記を参照)。また,地元での活動が活発だったこともあるのだろう,安野駅には使用しなくなった車両が残されるなど,公園としての整備がとくにすすんでいる。

可部線が運行されていたころには何度も訪れたことがあるものの,その後はすっかりごぶさたしている。四切1/2判での撮影をするために,ひさしぶりに安野駅へ行ってみることにした。春の花の時期ならかわらずそれなりに混雑しているかもしれないが,この時期ならば,さほど人は多くないであろう。

ここに置かれている車両は,廃線のしばらく前に加計駅に運びこまれてきた2両のうちの1両である。運行最終日の最終列車運行後,すべての車両が広島駅のほうへ引き上げていくときに牽引されてきて,ここに残されたとのことである。また,ふだんの定期列車として使われていた車両と同じ車種ではないこともあり,とくにこの区間と縁が深い車両というわけではない,ということはよく知られている話かと思う。

OKUHARA Camera, FUJINON 180mm F5.6, FUJIBRO WP FM2 (F22, 4sec), Microfine 1:3, 24℃, 120sec

改札口から見れば,ちょうどよい位置に車両がある。
 本来は,もっと左側が先頭になるように停車していた。たぶん,改札口の正面に,列車の中央あたりが位置すると,利用者にとって都合がよいはずだ。

OKUHARA Camera, FUJINON 180mm F5.6, FUJIBRO WP FM2 (F22, 4sec), Microfine 1:3, 24℃, 120sec

改札口の向こうに,ちょうど列車が位置している。
 ここに旅立ちのイメージをくわえようと,折り鶴を配置してみた。きちんとした折り紙を使うべきだろうが,急に思いついたことなので,いつも使っているメモ帳を破って,それで折ったものである。モノクロでの撮影だから,これでもいいだろう。カラーで撮るなら,いろいろな色の紙を配置すると,もっとおもしろくなるかもしれない。

OKUHARA Camera, FUJINON 180mm F5.6, FUJIBRO WP FM2 (F22, 4sec), Microfine 1:3, 24℃, 120sec

ただ,露出を与えすぎたようであり,現像でもムラが生じてしまった。もう少し大きな紙で,きちんと折り鶴を用意したうえで,いずれ撮りなおしたい。
 廃線後の駅であっても,車両があれば,それなりの雰囲気は出るというものだ。とはいえ,日をあらためて訪れても,変化がないことはしかたない。そのかわり,同じ場面を撮りなおすことができるのは,大きなメリットといえるだろう。


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