撮影日記


2015年02月18日(水) 天気:曇

ニコンF50の特異なユーザインタフェース
使いやすさってなんだろう?

画面サイズ36mm×24mmのライカ判の天地を少しずつカットして,横長の36mm×13mmにしたフォーマットは,「パノラマフォーマット」や「パノラマサイズ」などとよばれる。「そんなものは真のパノラマではない」「真のパノラマはフィルムの天地いっぱいを使ってさらに横長にしたものぢゃ」「レンズがくるっと回転するものしかパノラマと認めない」などと主張して,36mm×13mmのフォーマットを「疑似パノラマ」「偽パノラマ」などと蔑んでよぶ人もある。
 36mm×13mmの「パノラマモード」で撮影できるカメラは1990年ころに登場し,1990年代末ころまでの新製品には「パノラマモード」が搭載されたカメラが多く見られる(2014年7月4日の日記を参照)。
 ニコンの一眼レフカメラにおいても,この時期に発売された機種には「パノラマモード」が用意されたものがある。具体的には,1994年発売の「ニコンF50D」,「ニコンF70D」と1998年発売の「ニコンF60D」の3機種である(2014年6月24日の日記を参照)。F70DとF60Dはすでに入手していたが,このたびF50Dを入手できたので,ニコンの「パノラマモード」がある一眼レフカメラ3機種をコンプリートできたことになる。

F50Dは,ニコンの一眼レフカメラではじめて「パノラマモード」を用意した機種となる。ラインアップのいちばん下位に位置する機種で,いわゆる「入門機」「エントリーモデル」とされるものだ。したがって,「カメラにあまり詳しくない人でもわかりやすい」ものになるように考えられたものと思われる。
 F50Dのまえにその役割を担っていたのが,F-401シリーズだ。これは昨日の日記で紹介したように,それまでのニコンの一眼レフカメラとは大きく異なるユーザインタフェースをもっていた。そのポイントは,レンズにあった絞りリングの使用を放棄し,ボディ側に絞り値を設定するダイアルを設けた点である。これによって,レンズに絞りリングを設けておく必要がなくなったのである。
 F-401シリーズとまったく同じユーザインタフェースは,のちの機種に継承されなかった。それはコマンドダイアル+サブコマンドダイアルという形になって,「ボディ側に絞り値を設定するダイアルを設ける」という点だけは継承されている。その後,ニコンから発売されているレンズのほとんどすべてが「絞りリングのない」タイプのレンズに変更されていった。古くからのユーザには,「昔から愛用してきたカメラで最新のレンズが使えない」と苦言を呈する人もある。

古くからのユーザから反感をもたれるようになることは,当然,予想されたことだろう。だから,レンズから絞りリングを廃することには,それなりのメリットが含まれているはずである。たとえば絞りリングがなければ,レンズを構成する部品点数や製造工程を削減でき,製造コストを下げられることが期待されたのではないだろうか。
 F-401のユーザインタフェースを検討するときには,そういった将来の「レンズから絞りリングをなくす」ことまで視野に入れていたのだろうか?
 そうだったのかもしれないし,そうではないかもしれない。
 ただ私は,F-401のユーザインタフェースは,「カメラにあまり詳しくない人が迷わないように」するために考えられたのではないかと思いたい。

「カメラにあまり詳しくない人」に一眼レフカメラを使ってもらいたい場合,まずは「フルオート」の状態でいろいろ撮ってもらうことを想定するだろう。シャッターレリーズボタンを押すだけで「きれいに写る」ようにしておかなければ,「こんなカメラは使えない」と評価されてしまいかねない。「フルオート」の状態とは,プログラムAEのモードにして,オートフォーカスがONになっている状態だ。
 一方で,F-401には,「カメラにそこそこ詳しい人」にサブカメラ的に使ってもらいたいという思惑もあっただろう。あるいは,いまは「カメラにあまり詳しくない人」も,そのうちいろいろな凝った撮り方をしたくなるかもしれない。それにこたえられるよう,F-401はいわゆるマルチモードAE機になっている。
 さて,F-401以外の機種,たとえば同時代の上位モデルF-801では,モードの切り替えはどうなっているだろうか。F-801では,カメラ上面左側にある「MODE」ボタンを押しながらダイアルを回して,モードを選択するようになっている。選択されるモードは液晶ディスプレイに,「P」(プログラムAE),「S」(シャッター速度優先AE),「A」(絞り優先AE),「M」(マニュアル)として表示される。「カメラにそこそこ詳しい人」には,「P」「S」「A」「M」という文字を見るだけでモードがわかるので,まあわかりやすい方法だといっていいだろう。ただしこのモード切り替えは,これだけでは済まない。プログラムAEおよびシャッター速度優先AEを使用するときには,レンズの絞りリングを最小絞りにしておかねばならないのである。「カメラにあまり詳しくない人」にとって,「MODEボタンとコマンドダイアルで切り替えたあとに,さらにレンズの絞りを設定しなければならない」というのは,とても「ややこしくてわかりにくい」と感じるのではないだろうか。
 F-401では,レンズの絞りをつねに最小絞りにして使用するようになっている。上面のシャッター速度ダイアルを「A」にあわせ,さらに絞りダイアルを「S」にしておけば,それでプログラムAEになる。これは操作箇所がとても少なく,「カメラにあまり詳しくない人」がとりあえずきれいに撮りたいんだ,というときにわかりやすいユーザインタフェースだと思う。
 また,F-801では電気接点のないタイプのマニュアルフォーカス用レンズで撮影するときには,絞り優先AEまたはマニュアル露出のみが使用でき,プログラムAEとシャッター速度優先AEが使用できない。これについてF-401では,「露出計がはたらかない」という対応をしている。これも部品点数の削減につながることではあるのだが,「制約があるけど使えますよ」というのは,それなりに機能を理解していないとわからないものだ。「カメラにあまり詳しくない人」を主たる対象にするならば,「制約があるけど使えますよ」という中途半端な対応はやめて,あっさりと「その組みあわせでは使えません」とするほうが親切だ,と判断してもおかしくない。

「カメラにあまり詳しくない人」が使いやすいように考えてつくられたと思われるF-401の後継機となるのが,F50Dである。F50Dでは,F-401と同じユーザインタフェースは取り入れられていない。F50Dのユーザインタフェースは,ニコンのほかの機種には見られない,独特のものになっている。

一見してわかるように,F50Dには,「ダイアル」というものがない。液晶ディスプレイがあって,そこにボタンが並んでいるだけだ。

「カメラのことはよくわからないけど,とりあえず撮ってみたい」という場合には,まず左側のスイッチを「シンプル(SIMPLE)モード」にする。

「シンプルモード」のF50Dは,プログラムAE専用機となる。基本は「AUTO」モードで,すべてカメラにおまかせとなる。
 液晶ディスプレイの角にあるボタンを押すと,液晶ディスプレイに「AUTO」のほかに3つ,あわせて4つのアイコンが表示される。左から「オートモード」「風景モード」「ポートレートモード」「マクロモード」となる。そのことばがわからなくても「遠くの山などを撮るときは,山の絵」「人物を撮るときは,人物の絵」「花を撮るときは,花の絵」を選択すればいいのだろう,と想像がつくはずだ。それぞれのアイコンに対応する,液晶ディスプレイの上に並んだボタンを押せばそのモードが選択される。
 実にストレートでわかりやすいユーザインタフェースである。

F-401において電源のON/OFF(シャッターロック)は,シャッター速度ダイアルが兼ねるようになっていた。そこには「カメラにあまり詳しくない人」が意図せずに,別のモードに設定してしまう誤操作の懸念が含まれる。それに対してF50Dでは,電源スイッチが別にあるので,いちど設定したモードが電源ON/OFFのたびにかわってしまう心配が大幅に少なくなる。

F50Dも,F-401と同様に,マルチモードAE機として使うことができる。
 そのためには,左側のスイッチを「アドバンスド(ADVANCED)モード」にする。

そして液晶ディスプレイの角にあるボタンを押すと,「P」「S」「A」「M」という文字が表示される。これが何を意味するかは,「カメラにそこそこ詳しい人」には説明は不要だろう。

「P」に対応するボタンを押すと,プログラムAEモードになる。プログラムAEで選択できるモードは,「シンプルモード」のときより多い8種類だ。

「A」に対応するボタンを押すと,絞り優先AEモードになる。液晶ディスプレイには「絞り」をあらわす数値と「▼」「▲」が表示され,「▼」に対応するボタンを押すと数値が小さくなり,「▲」に対応するボタンを押すと数値が大きくなる。「S」に対応するボタンを押すとシャッター速度優先AEになり,表示される数値がシャッター速度をあらわすものになる。

「M」に対応するボタンを押すと,マニュアル露出モードになる。液晶ディスプレイには「シャッター速度」をあらわす数値と「絞り」をあらわす数値が表示され,それぞれに「▼」「▲」がついている。それぞれの「▼」「▲」に対応するボタンを押して,数値を小さくしたり大きくしたりできる。

これは,じつにわかりやすい合理的なユーザインタフェースではないだろうか。
 …と思うのだが,このようなユーザインタフェースはニコンのほかの一眼レフカメラではまったく使われず,F50Dだけの独特のものとなってしまった。ユーザインタフェースがよいと感じるかよくないと感じるかについては,「慣れ」も大きく影響すると思う。よく考えられ工夫された合理的なものよりも,多少不便でも慣れたもののほうがいい,という印象をもたれることもじゅうぶんにあり得るだろう。「一眼レフカメラを見るのはまったくはじめてです」という人には,F50Dのユーザインタフェースのよさが受け入れられたとしても,ほかの機種を少しでもさわったことのある人には,違和感が強かった可能性もある。F50Dを買った人が「カメラに詳しい人」に撮り方などを教えてもらおうと思っても,「カメラに詳しい人」がF50Dを「使いにくい,わかりにくい」と評価してしまったら,F50Dに対する印象も悪くなるだろう。
 この当時のニコンの一眼レフカメラでは,F70Dのユーザインタフェースもあまりよい評判を聞かない。F70Dだけを見ればよく考えられた合理的なものになっているのだが,ほかの機種とあまりに違いすぎていて併用しにくいという意見をよく聞く。

もしかすると多くの人にとって「使いにくい」と感じるかもしれないF50Dだが,ニコンの一眼レフカメラにおけるインタフェースの変遷を語るにあたっては,やはりきちんと体験しておきたいものである。ニコンの一眼レフカメラではじめての「いわゆるパノラマモード」が使えるカメラという意味でも,押さえておきたい1台だ。F-401シリーズよりは,軽量でAFの動作もスムースである。とても安価に流通している今こそ,救出し保護しておこう。


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