撮影日記


2012年06月18日(月) 天気:曇

「ANSCO」は生きているのか?
謎のカメラ「シルエット・ズーム」

リサイクルショップのジャンクコーナーを覗けば,いまでも多くのカメラに出会うことがある。そこにあるカメラの大半は,プラスチック製の筐体をもった,いかにも廉価で簡便そうなコンパクトカメラである。しかも,外見が激しく汚れていたり,傷んでいたりするものも多いのだが,なかにはけっこう綺麗な外観のものもある。最近,たまたま立ち寄ったリサイクルショップで,こんなカメラを救出した。

ズームレンズ,フラッシュ内蔵,自動巻き上げの,一般的なコンパクトカメラである。注目したいのはズームレンズの焦点距離であり,広角側が28mmからとなっている。望遠側は52mmまでで,ズーム比は2倍に満たないが,広角側が28mmまであると,撮るのがいろいろと楽しそうである。ただ,このカメラにはピント調整機構がなさそうだ。28mmレンズで固定焦点というのは,まあわからなくもないが,52mmで固定焦点というのは,被写界深度があまり稼げないだろうから,かなり被写体を選ぶことになるだろう。
 もう1点,注目したいのは,このカメラの名称である。カメラに向かって左上に,メーカーらしきロゴが見える。そこには,「ANSCO」と書いてある。

ニエプスの「ヘリオグラフィ」やダゲールの「ダゲレオタイプ」など,「写真」というシステムがフランスで発明されたことは,よく知られていると思う。また,イギリスのタルボットが発明した「カロタイプ」は,現在のネガポジ法のもとになったものであるとされる(2010年9月5日の日記を参照)。フランスで発明されイギリスで発展していくかに見えた「写真」だが,工業製品としてはフランスやイギリスではあまり発展しなかったようだ。その後,アメリカのコダックや,ドイツのツァイスなどによって発展し普及していくことになる。そんなアメリカやドイツのブランドもやがて目立たなくなり,いまとなっては日本で生まれたブランドが広く流通している状況となっている。
 かつてそれなりに有名であったが,いまは見られなくなったブランドに,アメリカの「アンスコ(ANSCO)」というものがある。アンスコは,19世紀後半に,写真館で使用する木製大型カメラ(アンソニーカメラと呼ばれるもの)を製造して有名になっていたが,1928年にアグファと合併し,アグファの発売するブランドの1つとなった。合併前の製品として,ごく初期の35mmフィルムを使うハーフサイズ(18mm×24mm)カメラとされる「アンスコ・メモ」などが有名であるが,合併後はアグファや,さらに1960年代くらいになると日本のメーカーからのOEM製品が主となったようである。
 それでも1950年代から1960年代にかけてのカメラ雑誌等を眺めてみれば,「アンスコ」という名前は,ちらほらと見かける。たとえば「アサヒカメラ」1954年9月号に掲載されている「銀天然色ラボ」の広告には,「アンスコプリント使用」という表記がある。ちなみに,名刺サイズのカラープリントは1枚170円。この「アサヒカメラ」1冊の価格が160円であることとくらべれば,当時のカラープリントが高価だったことがわかるというものだ。

さて,リサイクルショップで見つけたこの「アンスコ シルエットズーム」(ANSCO Silhouette Zoom)は,かつてのアメリカのブランド,「アンスコ」と関係あるのだろうか?「アンスコ」という企業が,自社では製造しなくなっても,OEM等で製品を供給することは十分にあり得る。逆に,「アンスコ」という企業が消滅した後に,あるいは消滅していないとしても,無関係の企業等が意図してか意図せずしてか,たまたま「アンスコ」という名前を名乗ることがあるかもしれない。このカメラは,「Made in China」になっているので,どちらもあり得ると考えてよいだろう。いまのところ,はっきりしたことはわからない。日本カメラショー「カメラ総合カタログ」に掲載されるような日本のカメラには,似たような仕様のものが見当たらず,手がかりがない。ズームレンズを搭載し,リチウム電池を電源に使うようになっているなどの仕様から,1990年代後半から2000年代初頭にかけてくらいのものだろうと,想像はするのだが。

アメリカのカメラというと,「廉価版」という印象をもつ人も少なくないのではないだろうか。もちろん,いろいろな工夫の詰まった高級品もたくさんあり,それらは高く評価されるべきであろう。ただそれ以上にコダックやポラロイド,あるいはアーガスなどの,廉価で簡便なカメラが目立つように感じるのである。コダックやポラロイドの発明は,偉大である。そして,写真を普及させた功績(それはすわなち,自分自身の商売繁盛が主目的であるかもしれないが)も大きい。それを具現化するためのカメラが,お手軽に買えるものであり,お手軽に使えるものであった,これは重要なことである。
 結果として,最近のアメリカのブランドの製品はOEMの廉価版ばかり,という印象が定着するようになったのではないだろうか。「ANSCO Silhouette Zoom」も,そんなイメージを定着させることにつながる存在なのであろうか。なお,このカメラにはシリアルナンバーらしきものが見あたらない。


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