撮影日記


2011年11月24日(木) 天気:晴

セイコーの時計にシチズンの裏蓋?

現在,市場に流通するカメラの大半は,日本のブランドのものである。
 第二次世界大戦後,日本ではカメラの製造が盛んになった。その過程において,過度の競争があったり,粗悪な製品が出回ったりするなど,業界全体としての問題も発生した。そうするなかで,「日本カメラショー」が定期的に開催されるようになり,そのつど「カメラ総合カタログ」が発行されるようになった。このあたりの経緯については,「カメラ総合カタログ vol.1」(1960年)に詳しく記載されている。

ともあれ,「日本カメラショー」によって,日本国内の主要なメーカーの製品は,おおむね「カメラ総合カタログ」に網羅されることになる。そして,日本国内ではメーカーの淘汰がすすみ,ドイツ製をはじめとする海外の製品は,特別な存在の高級機や簡便な機種に収斂していった。一般の人がよく使うタイプのカメラは,世界的に見ても大半が日本の主要なメーカーのものになっていったのである。したがって,日本カメラショーの「カメラ総合カタログ」を集めておけば,主要なカメラの情報は,ほぼ把握できることになる。たまたま入手した古いカメラが,1960年代以降の日本の主要メーカーのものであれば,いつごろの製品なのかは容易にわかるのである。
 もちろん,「日本カメラショー」に参加していないメーカーの製品については,「カメラ総合カタログ」から知ることはできない。それでもある程度,一般向けに流通していた製品ならば,カメラ雑誌の広告を丹念に参照していけば,どこかで情報を見つけることができるだろう。組立暗箱のような,一般向けにはあまり流通しなかったような製品は,それでもよくわからないこともある。しかし,そういう製品は,多くの場合,興味の対象外になっているのではないだろうか。
 また,カメラに少し変更が加えられる場合,それが「新製品」であることをアピールするために,少しの変更であっても大々的にとりあげ,モデル名も変更されてきた。モデルの違いについて,確認するべきポイントは,わりとわかりやすいのである。それだけに,カタログ等にあらわれないマイナーチェンジが,興味の対象にもなるわけなのだが。ともあれ,「日本カメラショー」の「カメラ総合カタログ」があれば,主要なカメラについては,ほぼ網羅されるのである。

それに対して,腕時計は少々,事情が異なる。
 発売された製品を,業界として網羅的にまとめたカタログのようなものは,少なくとも一般向けには出回っていないようだ。カメラと違って,日本のメーカーだけでなく,スイス製を中心にした舶来品も,多く流通している。とても,網羅しきれるものではないだろう。さらに,すべてを自社生産するメーカーもあれば,ムーブメントを他社から購入しているメーカーもある。さらに最近では,たとえばアパレル系のブランド名で発売されるようなものもある。
 また,同じ年代の,同じ名称(ペットネーム)の時計であっても,じつに多様なモデルが用意されているケースは珍しくない。それでも,伝統的に腕時計をつくり続けているようなメーカーのものであれば,裏蓋などに,モデルを特定するための記号やシリアルナンバーなどが刻まれていることが多く,それがいつごろの製品かを知るための手がかりになることもある。たとえば,オメガの製品であれば,ムーブメントに記された番号で,おおよその製造年代がわかるようになっている。

セイコーの腕時計では,裏蓋に何種類かの番号が刻まれている。
 「国産腕時計3 セイコークロノス」(長尾善夫,トンボ出版,1997年)の巻末に,この数字の読み方の参考になる考え方が示されている。それによると,おおよそ1960年以降は,キャリバナンバーとケースナンバーとがハイフンで結ばれたものと,6桁あるいは7桁の数字とが刻まれている。ケースナンバーは,1桁目がそのケースに適合する文字盤の外径の下1ケタをあらわし,残りがモデルに固有の番号となる。6桁あるいは7桁の数字はケースの固有番号とされるもので,上2桁がケースの製造年月をあらわしており,1桁目が西暦の下1桁,2桁目が月をあらわす。ただし,11月,12月については,1桁目がN,Dとなり,2桁目が西暦の下1桁をあらわす。
 1960年代以前には,キャリバナンバーのかわりに,ケース番号とよばれる番号がつけられていることがある。その数字の上2桁は,そのケースに適合する文字盤の大きさをあらわしている。
 ただし,さらに以前の製品では,このような規則性はないようである。

さて今回,私の手元にやってきた時計は,このようなものである。
 文字盤には「CHRONOMETER SEIKO」と書いてある。クロノメーターとは,いくつかの定義があるようだが,一言で言えば,「精度のよい時計」である。そして現在では,その基準がきちんと決められており,検定機関において認められたものだけが名乗ることのできる称号でもある。
 セイコーで,クロノメーターとしての基準を満たしたとされるものは,1960年以降にあらわれる。当初は社内での検定であったが,1969年以降,国際的な検定機関で認められたものも発売されている。しかし,この「CHRONOMETER SEIKO」は,それらとは違うようだ。
 ともかく,いつごろの製品なのかを知りたい。そこでケースの裏蓋の刻印を参照すると……。

キャリバナンバーも,ケースナンバーも,シリアルナンバーもない。

ムーブメントにも,キャリバナンバーなどは刻まれていない。
 裏蓋にあるのは,「STAR」という文字だけだ。ではこの「STAR」とはなにか?これは,シチズンの純正ケースを示す文字である。「国産腕時計2 シチズンデラックス」(岡田和夫,トンボ出版,1997年)によると,「1932年にスター商会を合併することによってできた,ケース製造部門が作った純正ケース」であることを示しているとのこと。シチズンは,セイコーにケースを供給していたことがあったということか?いや,これは,ケースのサイズがたまたま一致していたので,修理等のときに流用されただけと考えるのが自然だろう。
 手がかりになる番号がなにもないのだが,1960年代以降,セイコーは独立した秒針が下部にある「スモールセコンド」の製品を発売しなくなっていたので,この時計は1950年代あるいはそれ以前のものだろう。
 なお,入手時にはまったく動いていなかったのだが,見える範囲だけでも掃除してみると,なんとか動き出すようになった。そのあとも,そこそこ機嫌よく動いてくれている。

以前に聞いた話では,マミヤシックスのようなカメラでは,第二次世界大戦後の混乱期を中心に,「手持ちの部品を使った改造や修理」を受け付けていたことがあったそうだ。マミヤシックスに搭載されたレンズは,セコールやズイコーなわけだが,たまにそのような経緯で,それ以外のレンズがつけられた製品が出てくることもあるという。
 そのあたり,時計の業界でも,似たような状況があったのだろう。


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