撮影日記


2011年07月13日(水) 天気:曇

可部線の開業日はいつだ?
「可部線開業100周年記念入場券」 横川駅では即日完売

可部線は,広島市西区の横川駅と,広島市安佐北区の可部駅とを結ぶ,営業キロ14kmほどのJRの路線である。横川駅は,広島市内中心部から北へ2kmほどのところにあり,古くからの広島市の市街地の北端にあたる。広島の城下と出雲や石見を結ぶ街道は,横川を通り,さらに可部を通るようになっている。その途中には,祇園などの街があった。
 そのような場所であるから,古くから人や物資の流通は盛んだったようだ。1909年には,まず,横川から祇園までの軽便鉄道が敷かれた。鉄道は少しずつ延長され,1911年には可部にまで到達する。今年2011年は,可部線が可部まで開通してから,ちょうど100年を迎えたのである。そこで,JR西日本では今日2011年7月13日から,可部線の開業100周年を記念するイベントをおこなうことにした(*1)。さらに,「可部線開業100周年記念入場券」のセットが,1000セット限定で発売された。
 記念入場券は,可部線(横川−可部)にある8つの有人駅の入場券(硬券)のセットで,通し番号?のついた袋にはいっている。それを,付属してくる専用の台紙に,はさみこむようになっている。なお,横川駅での発売数は,150セットとのこと。購入したのは今朝8時過ぎだが,すでにその時刻に,予定数の2/3以上が買われていっていたということだろう。なお,横川駅では,夕方には「完売」になっていたらしい。

可部線の開業100周年を記念するイベントが今日からはじまるのは,可部線の開業を1911年7月13日としたためである。しかし,それは,妥当なことであろうか?
 たしかに,横川から可部までの鉄道が開業したのは,1911年のことである。しかしながら,その鉄道が営業をはじめたのは,その2年前のこと。1908年には工事がはじまり,1909年12月に横川から祇園までの区間で営業がはじまったことになっている。このことを重視すれば,可部線の開業100周年は,一昨年2009年12月に迎えていたことになる。
 このときの鉄道は,現在よりも線路の幅が狭い規格の,軽便鉄道であった。また,電車ではなく,蒸気機関車による運転であった。そのままでは輸送力も小さく,山陽本線へ客車や貨車を直通させることができない。また,蒸気機関車は不経済であることから,線路の幅を現在と同じものに変更する(改軌)とともに,電車が運転できるようにする(電化)ための工事がおこなわれた。そして,横川から可部まで,現在と同じ規格で電車を走らせられるようになったのは,1930年1月のことである。このときを現在の可部線の完成と考えれば,可部線の開業100周年は,2030年1月に迎えることになる。
 さらに,1936年9月に,国有化された。つまりそれまでは,私鉄だったのである。国有化されてはじめて,この鉄道は「可部線」になった。それを重視すれば,可部線の開業100周年は,さらに先の2036年9月に迎えることになり,今年の9月は75周年という区切りの年にあたる。
 可部線は,横川から安芸長束の区間で過去に2回,路線が変更されている。また,古市橋から緑井の区間でも,過去に1回,路線が変更されている。これらの路線の変更を経て,はじめて可部線は現在と同じ形になったのだ。そのことを重視するなら,太田川放水路の工事に伴う路線変更がおこなわれた,1962年10月から数えてもいいだろう。そうすれば,来年2012年が,50周年の区切りの年になる。
 可部線の全線開業にこだわるなら,当然だが,三段峡までの路線が開業した1969年7月を開業の年としなければならないだろう。いや,「全線」にこだわると,「可部線はもともと,浜田まで伸びる予定だった。それが実現されていないから,可部線は未完成なのだ。」ということになってしまいかねない。だから,「全線」にこだわるのはやめよう。すなおに,「横川から可部」の区間で考えるのが妥当のようだ。「可部から三段峡の区間が廃止になったときが,横川から可部の区間が完成したときだ」と主張する人はいないと信じたい。
 未完成といえば,可部から先へ2kmほどの路線延長が計画されている(2011年3月5日の日記を参照)。100年目の路線延長決定となると,「よいこと」続きとなるのであるが,さてどうなるか。

ところで,横川から可部までの開業は1911年7月13日ということになっているが,実はそもそもそこに疑問がある。たとえば,「軽便時代可部線ものがたり」(下野岩太著,1979年発行,非売品)のp.34に,明治44年(1911年)6月11日付の中国新聞の記事が引用されているが,そこにはこのように記されている。

軌道全通と影響
明十二日より横川可部間の軽便鉄道は愈々営業開始する筈なるが(以下略)

つまり,横川から可部までの軽便鉄道の開業予定日は1911年6月12日ということになっており,現在,開業日とされている1911年7月13日より1ヶ月も早い。とはいえ,直前になってなにか問題が見つかり,開業が延長された可能性もないわけではない。しかし同じ書籍のp.40には,1911年7月10日付の中国新聞に掲載された「軽便試乗記」という記事も引用されており,そこでは7月8日に軽便鉄道に乗って可部へ行ったことが語られている。太田川橋を渡るのが恐ろしかったことや可部の終点に友人が迎えに来ていたことなどが記されているのは,鉄道が太田川橋を渡って可部まで開通していたことを示している。もし,なんらかの事情で6月12日に開業できていなかったとしても,7月8日にはすでに可部までの鉄道は開業していたのだ。少なくとも,7月13日ではない。
 1911年7月13日と1911年6月12日,この開業日の「ずれ」は,いつ,どこで,どんな原因で生じたのだろうか。あるいは,7月13日という日に,なにか特別な意味(たとえば,それまでは「仮」の営業で,この日を正式な開業日とした,ということが想像できる)があったのであろうか?気になるところである。

*1 「可部線開業(横川駅〜可部駅)100周年記念イベントなどの実施について」(JR西日本 2011.07.01)
http://www.westjr.co.jp/news/newslist/article/1175374_799.html


← 前のページ もくじ 次のページ →