撮影日記


2009年10月19日(月) 天気:晴のち曇

左から右から,どうぞ♪

外国語をカタカナで表記するのは,簡単ではない。外国語の発音をカタカナで忠実に表現することは,基本的に不可能であると考えた方がよい。そうは言っても,カタカナで表記しなければ不便なケースは多い。もし,その表記が示す読み方が「実際の発音とはかなり異なっている」としても,多くの人がその表記を使っているならば,その慣習にしたがった方がよい。同じことなのに別々の言い方をしていたら,混乱するだけである。どうしてもそのカタカナ表記が「気に入らない」というなら,無理にカタカナで表現しようと考えないことだ。

ただ,表記の慣習も,時の流れによって変化することがある。
 たとえば,ドイツの「Voigtländer」というブランドがある。もともとは独立した1つのメーカーであったが,1960年代以降,ZEISS IKONと統合された。さらに商標権の譲渡移転が繰り返されており,いま,「Voigtländer」という名前の商品を製造しているのは日本のコシナである。そして,コシナのウェブサイト(*1)において「Voigtländer」は,「フォクトレンダー」と表記されている。少なくとも現在の日本において「Voigtländer」をカタカナで表記したいときには,この「フォクトレンダー」という表記にしたがうべきであろう。
 ところが,昭和初期の日本では,少々事情が異なるようである。
 昭和12年の「アサヒカメラ」(1937年8月号)には,小西六による「Voigtländer」の「BESSA」というカメラの広告が掲載されており,「獨逸ホクトレンデル會社の最高級ロールカメラ ベツサ」という表記が使われている。Voigtländerの広告はほかには見あたらないので,小西六は当時のVoigtländerの正規輸入代理店のようなものだったのだろう。だから,この時代には「ホクトレンデル」という表記が標準的なものになっていたはずだ。いまでも「ホクトレンデル」という表記を使う人をたまにみかける。それは,この当時のことを知っている,かなりご高齢の方だろうか。そうではなく,「コシナがつくったVoigtländerなど認めない」と主張する方であろうか。そういう主張ならば,1つの「シャレ」として大歓迎である(笑)。
 ところで,「フォクトレンダー」という表記が定着したのは,いつのことだろうか?
 それを知るには,あらゆるカメラに関する記事や文献を参照して分析するべきだろうが,それはどなたか詳しい方におまかせしたい。もしかすると,「ホクトレンデル」や「フォクトレンダー」以外の表記が一般的だった時代があるかもしれぬ。たとえば,「北斗連打」というのはどうだろうか?あたたたたたたたた。「お前はもう死んでいる」。いや,コシナの手により,よみがえっている。ひでぶ。

「アサヒカメラ 1937年8月号」の「印刷納本」は,昭和12年7月25日付けになっている。この直前,1937年7月7日の盧溝橋事件ののち,日本の社会は戦時体制に入ったものとされている。戦時体制においては,経済面も含めてさまざまな統制が敷かれることになる。この号が編集されたのは,そんな時代のまさに直前,世界各地でさまざまな対立が深まりつつあるような時代ではあるが,その分,軍需産業を含めて景気がよかったとされる時代である。
 戦時体制にかわっていくようすは,たとえば広告の表現にあらわれているのではないだろうか。たとえば,このころの「アサヒカメラ」の裏表紙(表4)には,小西六のフィルムの広告が載っている。1936年12月号では「讃へよ冬!スキー スケート 雪山ハイキング さくらフヰルムの効果に十二分の信頼をかけ給へ!」,1937年8月号では「純正な科学者的良心を以って皆様にお勧めの出来るフヰルム」だったものが,1937年11月号では「無敵皇軍 無比のフヰルム 高感光度 強整色性 微粒子 而も露出の寛容度が廣く、調子が良い為め、誰方にも失敗の虞がない!」という具合だ。わずか1年の間に,広告の雰囲気はがらっとかわっているのである。
 ちなみに,昭和11年の「アサヒカメラ」と昭和12年の「アサヒカメラ」には,さらに大きな違いがあった。
 「アサヒカメラ 1937年7月号」の表紙のロゴは,現在と同様に左から「アサヒカメラ」と書かれているが,「アサヒカメラ 1936年7月号」の表紙のロゴは逆に「ラメカヒサア」と書かれているのである。「アサヒカメラ 1936年7月号」は通巻二十二巻第一号であり,「アサヒカメラ 1937年7月号」は通巻二十四巻第一号である。私の手もとにはないが,「アサヒカメラ 1937年1月号」が通巻二十三巻第一号にあたると思われるが,この表紙のロゴは左から「アサヒカメラ」である。つまり,通巻二十三巻以後は「アサヒカメラ」,通巻二十二巻以前は「ラメカヒサア」になっていた,ということのようである。

*1 http://www.cosina.co.jp/v.html


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