撮影日記


2008年07月19日(土) 天気:晴

調子にのって
ポラロイドカメラを買う

久しぶりに使ったポラロイドカメラは,やはり楽しかった。撮って,ペーパーが送り出されてきて,じわーっと画像が出てくるのを待つのは,何度やっても楽しいものがある。モーターでフィルムが送り出されてくるときのあの大げさな音も,送別会という場においては,けっこう効果的だったような気がする。
 こんな楽しいポラロイド600シリーズカメラも,フィルムの製造が終了することで,まもなく終焉を迎えようとしているわけだ。
 ポラロイドカメラとの別れが,急に惜しく感じられてきた。カメラだけでも,保護しておいてあげたい。そんな気になってきたのである。ポラロイドカメラは,一部の機種を除けば,カメラ店のジャンクコーナーで,おもちゃカメラのように無造作に扱われている。そんなカメラを保護できるのは,たぶん,今しかないだろう。

市内中心部に出かける用があったので,「ブックオフ広島大手町店の地下売り場」を覗いてみることにした。「ブックオフ広島大手町店」には,「B・STYLE広島大手町店」,「B・LIFE広島大手町店」,「B・Select広島大手町店」が併設されており,地下売り場はそのいずれかに該当するものと思われるが,そこらへんの区別はわからない(というか,それらの違いを知らない)。だから,「ブックオフ広島大手町店の地下売り場」という言い方で通させていただく。関係者の方や,そのあたりの事情に詳しい方には,この件に関してなにか言いたいことがあるかもしれないが,そういう細かいことは気にせずおいていただければ幸いである。
 さて,その売り場には,おもちゃ等も含めた雑貨を置いているコーナーがある。そこに,わずかだがカメラが埋もれていたりする。まるで待ってくれていたかのように,何台かのポラロイドカメラがあった。
 まずは,箱入りでさまざまなオプション品がセットされた,「ポラロイド636AF」である。オプション品がおもしろそうであるが,もうフィルムがなくなろうとしているカメラの価格が1500円というのは,個人的感覚としては許容範囲を大幅に逸脱している。また,カメラ自体におもしろい機能があるわけでもなさそうなので,なおさらこの価格が不当なものに感じられてしまう。
 つぎに目についたものは,「ポラロイドXiao(シャオ)と」同じ小型フィルムを使うカメラである,「ポラロイドi-Zoneコンバーチブル」だ。まあ,おもちゃのようなカメラであるが,見た目がそこそこスマートなので,1つもっておいてもいいかもしれない。価格は300円だったか。
 そんな中で,少し目を引いたカメラがあった。「ポラロイドOne600 Ultra」というカメラである。スタイリッシュなシルバーのボディは折りたたみ式になっており,なんとなくスペクトラシリーズのカメラに似ている。折りたたみ式というコンセプトは,SX-70シリーズにつながるものすら感じさせてくれる。カメラそのものは,固定焦点式の簡便なものであるがフィルムカウンタはLCD表示になっていたりするし,セルフタイマーを内蔵しているにもかかわらず三脚のネジ穴がなかったりするなど,理解に苦しむ面もある。ポラロイド600カメラとして,最後のシリーズにあたるようなので,価格は500円であったが保護しておくことにした。

ポラロイドOne600 Ultra

動作を確認してみたところ,どうやらきちんと動作しているようである。ただ,このカメラに実際にフィルムを装填して使うことは,たぶんないだろう。
 ポラロイド600フィルムが不経済に感じるのは,フィルムパックに電池が内蔵されていることも一因であると思う。フィルムパックに電池が内蔵されているので,フィルムを交換するたびに電池も新しくなるのだから,電池切れを気にせず使えるという大きなメリットがそこにある。しかし,たった10枚の写真を撮っただけで,まだまだ元気な電池を捨ててしまうのは,いかがなものか。大量生産大量消費のアメリカらしい発想だ,ということなのかもしれない。
 なお,ポラロイドOne600シリーズには,上位モデル「POLAROID One600 Pro」,下位モデル「POLAROID One600 Classic」,その間に位置する「POLAROID One600 Ultra」という3つのモデルがあるようだ。Classicに対してUltraには,セルフタイマー機能が追加されている。Proにはさらに,60cmまでの近接撮影機能,明暗コントロール機能(要するに露出補正),三脚ネジ穴が追加されている。

ということで,ポラロイドカメラを保護し,実際に使うことができるのは,今のうちだけである。しかし,これまでポラロイドカメラが未体験の人は,今さらポラロイドカメラに手を出すことは,やめておくべきだろう。この楽しさを知ってしまっても,フィルムが入手できなくなってしまっては,どうしようもない。だから,知らずにいた方が,幸せになれることだろう。また,長年,ポラロイドカメラを楽しんできた人たちが最後のフィルムを入手するのを妨げないのも,ある種の思いやりではないだろうか。

・・・・・と,自分に言い聞かせておくことにする。


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