撮影日記


2007年02月11日(日) 天気:晴れときどき曇り

ヨンサンハチロクを久しぶりにながめてみる

ズームレンズとは,「連続的に焦点距離を変えられるレンズ」を指す言葉として定着している。連続的に焦点距離を変えられることによって,レンズ交換の手間を省く効果があったり,交換レンズとして用意されていない焦点距離での撮影ができるようになったりするという利点が生じる。また,長時間露光中に焦点距離を変化させることで,特殊な効果を狙うこともできるだろう。ムービーカメラでの撮影においては,連続的に焦点距離を変化させる効果を,そのまま連続的に表現できるわけで,まさに必須の機能になっていると言えるかもしれない。
 ところで,スチルカメラ用ズームレンズとしてはじめて商品化されたものとして,1959年にフォクトレンダ「ベッサマチック」用に発売された,「Zoomar 36mm-82mm F2.8」というレンズがある。このレンズには,エキザクタマウント用のものもみかけるが,いずれにしても巨大なレンズである。実際に使用したことはないのだが,描写性能は,現在のズームレンズにくらべるとかなり見劣りするらしい。ただ,このスペックは,現代の感覚でみても魅力的である。決して珍しい製品ではないと思うが,中古カメラ店等でいつでもお目にかかることができるほど,多数が出回っているものでもないだろう。
 結局,「Zoomar 36mm-82mm F2.8」は,「広角側を36mmまで」「開放F値を2.8」に欲張った結果,巨大なレンズになってしまったということであろう。しかし,実用的な明るさの,いわゆる「標準ズームレンズ」として,画期的な存在だったといえる。なお,当時の実際の販売価格については知らないが,決して安価な製品ではなかったはずだ。

ライカ判カメラにおいては,「50mm」がいわゆる「標準レンズ」とされている。そのため,「50mm」をはさんで短焦点側と長焦点側の焦点距離をカバーするズームレンズを「標準ズームレンズ」と呼ぶ習慣がある。そして,国産初の標準ズームレンズとしては,1963年に発売されたニコン「Zoom-NIKKOR Auto 43mm-86mm F3.5」が知られている。このレンズは,よく知られているようにさまざまな「問題点」をもったレンズであるが,当時としては驚くべきコンパクトで,かつ安価な「標準ズームレンズ」であった。ニコンからは,これより先に「Auto NIKKOR Telephoto-Zoom 85mm-250mm F4-4.5 (1959年)」「Auto NIKKOR Telephoto-Zoom 200mm-600mm F9.5-10.5 (1961年)」という2本の望遠ズームレンズ(1つは超望遠ズームレンズに分類するべきかもしれない)が発売されている。これらの大きさ,重さ,価格を比較すると次のようになり,「Zoom-NIKKOR Auto 43mm-86mm F3.5」がいかにコンパクトで安価であったかがわかるだろう。そして,「ヨンサンハチロク」として親しまれてきたのである。

初期のニコンズームレンズの比較
(「カメラ総合カタログVol.32」,日本カメラショー1968年 より)
レンズ重さ価格
Auto NIKKOR Telephoto-Zoom 85mm-250mm F4-4.52,000g96,700円
Auto NIKKOR Telephoto-Zoom 200mm-600mm F9.5-10.52,800g117,000円
Zoom-NIKKOR Auto 43mm-86mm F3.5410g32,300円

参考 同時代の主要レンズの比較
(「カメラ総合カタログVol.32」,日本カメラショー1968年 より)
レンズ重さ価格
NIKKOR Auto 50mm F1.4325g22,800円
NIKKOR Auto 85mm F1.8420g32,700円
NIKKOR Auto 135mm F2.8620g27,400円

ちなみに,同じ1968年にほかのメーカーから発売されている標準ズームレンズを比較してみる(キヤノンおよびタムロンの発売年は,メーカーのウェブサイトによる)。

標準ズームレンズの比較
(「カメラ総合カタログVol.32」,日本カメラショー1968年 より)
メーカーレンズ重さ価格
NikonZoom-NIKKOR Auto 43mm-86mm F3.5 (1963年発売)410g32,300円
MINOLTA50mm-100mm F3.5 (?年発売)?45,600円
TAMRON55mm-90mm F4 (1964年発売)580g22,000円
CanonFL 55mm-135mm F3.5 (1964年発売)790g48,900円

表のタイトルとしては「標準ズームレンズ」と記したが,キヤノン,タムロンのものは「50mm」を含んでいない。ミノルタのものも,「50mm以上」だけをカバーしているわけなので,これらは「標準ズームレンズ」ではなく,「(中)望遠ズームレンズ」として分類するべきかもしれない。つまりこの時代には,各社から望遠ズームレンズはほぼ出揃っていたが,標準ズームレンズといえるものは,まだ,ニコン(とフォクトレンダ・ズーマー)しかなかった,ということである。価格も,ニコンのものが,キヤノンやミノルタのものにくらべて,十分に安価である。タムロンはさらに安価であるが,Tマウント交換式でプリセット絞りになっており,開放F4で少し暗いこともあるので,同じ土俵でくらべるわけにはいかないだろう。
 そのようなニコン「43mm-86mm F3.5」はその後,改良され,1982年の「日本カメラショー総合カタログ」まで見られたものである。そして,Ai方式になった後期の製品は,最近のAF方式のボディで使用することもできるし,現在のディジタル一眼レフカメラに装着することもできたりするのである(ボディによって,露出計がはたらかないなどの制約はある)。
 Ai化された「Ai Zoom-NIKKOR 43mm-86mm F3.5」は,中古カメラ店等で流通する量も多く,価格も低廉なので,1つ買ってみて,「昔のズームレンズ」を楽しむものおもしろいかもしれない。開放F値が焦点距離によらず一定なので,TTL露出計を利用しなくても十分に利用できるはずだ。

「new Zoom-NIKKOR 43mm-86mm F3.5 Ai改」をF-601につけてみる。
同時代のコンパクトなボディと組み合わせた方がよく似合う。

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