撮影日記


2006年08月02日(水) 天気:はれ

明治時代は小学校で
「電気分解」を学習していた

近年,「ゆとり教育」という名の元に,義務教育で学習する内容が減らされている,という批判がマスコミなどから出ている。そしてそれが,いわゆる「学力低下」に直結しているとして,文部科学省もその路線を転換しようとしているのが現状のようだ。

さて,古書店では,「安価に売られている本」に出会うだけではなく,文字通り「古い本」に出会うことが楽しいのである。そこに「安価に売られている本」だけしかないのなら,そこは「古書店」ではなく「中古書店」とよばれてしかるべきである。「古い」ものがなければ,「古書店」ではない。
 「古い」といっても,どれくらい「古い」ものならいいのか,わからない。ヤバイ,わからないなんて,ヤバすぎる。なんか単位とかないの?何年前とか。まあ,具体的な基準は人によって違うだろうけれども。私の場合は,とりあえず「第二次世界大戦以前のもの」を「古い」の基準として,なにかおもしろいものがないか探してみたいと思う。

さて,先日,金座街の「アカデミイ書店」に立ち寄ったときに,こんな本を入手した。

「小学理科書 巻四」,発行者は育英舎という。明治33年12月21日発行,明治34年1月18日訂正印刷,同年1月21日発行となっている。惜しい,19世紀の書籍ではなかった(明治34年=1901年)。ちなみに,明治34年1月22日文部省検定済である。
 この本は,書名から察するに,当時の小学校の理科の教科書のようである。生物,物理,地学,化学の内容が列記されている。目次の項目を眺めてみると,「電気分解」という項目があった。本文を読んでみると,

水の電気分解器とは、椀状の玻璃器に相触れざる様に二枚の白金片をおきしものにして、此の器中に水を充たし、二三滴の硫酸を注ぎ、同じ水を充たせる試験管にて、白金片を被ひ、電流を通ずれば、二つの白金片より、盛んに無色の気体を生ず、この生じたる気体の容積は、二と一との如く、甲は水素にして、乙は酸素なり。よりて、水は水素二容と酸素一容とより成る。

発生したものが,それぞれ水素であり酸素であることを検証する過程は省略されているが,それは実際の授業で補えばよいのであろう。まあこのように,その現象についてはきちんと述べられている。また,電気分解装置の図も掲載されている。

ところで「水の電気分解」は,現在では中学校での学習内容となる。それに対して当時は,小学校でも,かなり高度な内容が教えられるようになっていたのだろうか。このころは,国力をつけるためという明確な目的のために,教育制度が整えられつつある時代である。小学校で(たとえ現象について知るだけであったとしても)このくらいの内容まで教えていたのであれば,かなり幅広い知識の習得が求められていたことになる。

明治34年当時の小学校については,明治33年に改定された「(第三次)小学校令(小学校令改正 明治三十三年八月二十日勅令第三百四十四号)」というものでその設置に関わることや教科について定められている。それによれば,そのころの「義務」教育である尋常小学校は4年制となっている。

第三章 教科及編制
第十八条 尋常小学校ノ修業年限ハ四箇年トシ高等小学校ノ修業年限ハ二箇年、三箇年又ハ四箇年トス
第五章 就学
第三十二条 児童満六歳ニ達シタル翌月ヨリ満十四歳ニ至ル八箇年ヲ以テ学齢トス
学齢児童ノ学齢ニ達シタル月以後ニ於ケル最初ノ学年ノ始ヲ以テ就学ノ始期トシ尋常小学校ノ教科ヲ修了シタルトキヲ以テ就学ノ終期トス
学齢児童保護者ハ就学ノ始期ヨリ其ノ終期ニ至ル迄学齢児童ヲ就学セシムルノ義務ヲ負フ

ところで,今回入手した理科の教科書は,全4巻のうちの「巻四」である。1巻を1年で使うとすれば,この教科書は小学校第4学年用ということになる。小学校第4学年で「電気分解」を学習するのは,現在にくらべて非常に進度が早いことになる。
 しかし,「小学校令」をよく見てみると,尋常小学校に設けられた教科は,「修身」「国語」「算術」「体操」の4つが必履修教科であり,「図画」「唱歌」「手工」や女子児童を対象にした「裁縫」が選択履修教科として扱われているようである。つまり,当時の義務教育には,「理科」はなかったのであった。

第三章 教科及編制
第十九条 尋常小学校ノ教科目ハ修身、国語、算術、体操トス
土地ノ情況ニ依リ図画、唱歌、手工ノ一科目又ハ数科目ヲ加へ女児ノ為ニハ裁縫ヲ加フルコトヲ得

「理科」は,尋常小学校の上に設けられた,高等小学校において学習する教科となっていたのであった。

第三章 教科及編制
第二十条 高等小学校ノ教科目ハ修身、国語、算術、日本歴史、地理、理科、図画、唱歌、体操トシ女児ノ為ニハ裁縫ヲ加フ

当時の高等小学校は,2年制,3年制,4年制があった。この理科の教科書が,高等小学校第4学年用のものであるとするならば,現在の中学校第2学年あたりに相当するわけで,電気分解を学習するのも納得ができるのであった。
 義務教育としての尋常小学校は,その後,明治40年に6年制に就学期間が延長された(小学校令中改正 明治四十年三月二十一日勅令第五十二号による)。そして,高等小学校は3年制となり,現在の小学校および中学校に相当する初等教育体系が完成したということができるだろう。ところで,この理科の教科書では,全部で38の項目がある。明治40年の制度であれば,尋常小学校第5学年から高等小学校第2学年までの4年間で,それぞれ週2時間ずつの理科の授業があることになっている。また,休業の体系については現在とあまり変わらないようなので,授業は32週ないし33週くらいおこなわれるだろうから,年間授業時数は65時間くらいあることになる。1項目を1〜2時間くらいでこなせば,この1冊を学習するのに1年間という期間はちょうどよいことになるだろう。
 ちなみに,「理科」という教科の名称が使われるようになったのは,明治19年の「(第一次)小学校令」からのことのようだ。

ほんの小さな1冊の書籍から,当時の状況がいろいろと見えてくるような気がする。これだから,古書店はおもしろい。いや,古いものは,おもしろいのである。
 なお,引用した条文等は,文部科学省のウェブサイトで公開されている「学制百年史」(*1),「学制百年史資料編」(*2),「学制百二十年史」(*3)からのものである。

*1 http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpbz198101/

*2 http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpbz198102/

*3 http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpbz199201/


← 前のページ もくじ 次のページ →