撮影日記


2004年03月28日(日) 天気:はれ

バスの路線はわかりにくい

復元されたレトロバス

日本ではじめて路線バスの営業がおこなわれたのは,横川と可部の区間であったという。横川駅周辺の改良工事の完成にあわせて,当時のバスが復元された。これはレトロバスと呼ばれ,横川地区の新たな名物として,駅前に展示されることになる。
 横川は,太田川の舟運の時代から,広島県北部方面への交通の要衝であったとされる。横川と可部の間は,古くから舟運や街道が整備され,往来が盛んだったという。現在でも,JR可部線とこれに並行するように国道54号線があり,国道54号線には,多くのバスの便が走っている。こういう場所だから,日本ではじめての路線バスがここで誕生したのも,当然のことだったのかもしれない。
 横川駅前を通るバスは,多くの行き先のものがあり,いろいろなルートがあり,全体としての便数も多い。便利な反面,「わかりにくい」という問題もある。

井仁に行くバス

1999年7月に,当時の農林水産省が,「日本の棚田100選」というものを選出した。広島県では,筒賀村の井仁という集落の棚田が,これに選ばれた。
 筒賀村は,太田川に沿った地域に広がっているが,井仁という集落は,山の中にある。井仁は盆地状の地形に広がる集落で,東側の田之尻というところへ降りる道と,西側の筒賀村中心部の方へ降りる道とで,他の集落へつながっている。これらの道は,部分的に改良がなされているが,ところどころ狭く,急なカーブや勾配のある道である。
 「日本の棚田100選」に選ばれた後,テレビなどマスコミでも取り上げられたこともあってか,訪れる人が多くなったという。地元,筒賀村も,観光ツアーを募集するなどして,訪れる人の便をはかろうという動きはあるようだ。ところが,井仁には,定期の路線バスの便が(現在は)ないようである。したがって,ある程度まとまった人数で予約をしなければ,マイカーやタクシーを利用しなければ,訪れることができない。
 筒賀村およびその周辺では,広島電鉄による広島市内からの幹線バス路線や,三段峡交通や加計交通などによる,ローカルのバス路線が運行されている。それらの情報は,それぞれの自治体のウェブサイトなどでも参照することができる。しかし,それらの情報が,その地区のバスの情報のすべてなのかどうか,わかりにくい。そのため,「井仁」に行くバス路線が,「ある」のか「ない」のかわからなかったのである。

地域に求めたいこと

自治体のウェブサイトにあった,バス路線や運行時刻についての情報を参照しても,「井仁」に行くバス路線の存在は認められなかった。だからといって,「井仁」に行くバス路線が「存在しない」とは言い切ることができない。情報が掲載されていないだけだからかもしれないからだ。
 そういう「疑問」をもたれないようにするために,自治体などにやっていただきたいことがある。それは,地域内のバス(など公共交通の)路線をすべて,図にまとめて公開してほしいことである。すべての路線が図で示されていれば,どの地区にはどの交通手段が使えるかが一見してわかるし,「すべての路線」が載っている図であれば,そこに載っていない地区には公共交通手段がないことがはっきりするのである。
 鉄道や大手の幹線バスの路線は,はっきりした情報が公開されていることが多いので,これを補完するような,細かい交通網を図示した情報は,ぜひとも各地域の公的な団体によって公開していただきたいものである。そのような「枝線」があればこそ,「幹線」の存在意義が明確になるのである。


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